よくある・ユーモア短編集 -26- 戻(もど)りたくなる  <再掲> | 水本爽涼 歳時記

よくある・ユーモア短編集 -26- 戻(もど)りたくなる  <再掲>

 何げなく新聞に目を通していた宮氷(みやごおり)は、殺伐とした記事の多さに、思わず読むことをやめた。ふと、宮氷の脳裏(のうり)に去来したのは、数十年前の長閑(のどか)だった頃の田園風景だった。あの頃は、物資はなかったが、皆が輝いていた。この国も輝いていた。だが今はどうだ。文明も進み、手に入れられないものはごく僅(わず)かになった。食べ物も他の物資も・・である。だが、人の心は荒(すさ)み、他人の痛みが分からない人間が増えた。家の前に芥(ごみ)をポイ捨ててなんとも思わない人間以下の生物だ。人間は最低限、そういうことは理性で止め、やらないのだ。宮氷はあの頃に戻(もど)りたくなった。その手の人間が少なかったあの頃に…。これはこの国に限ったことではなく、世界的に起きている物質文明がもたらした弊害(へいがい)だ…などと偉(えら)そうに思えていた宮氷の前に一本の竹輪の皿があった。宮氷が日課にして食べるマヨネーズを詰め込んだ竹輪で、これが宮氷の唯一の楽しみだった。来る日も来る日も・・竹輪の皿が置かれていない日はなかった。宮氷が若い頃からその習慣は続いていた。あれは…と宮氷は最初に竹輪を食べ始めた過去の瞬間に想いを馳(は)せた。あのときは美味(うま)かった! 宮氷は、そのときの味覚を想い出した。今は舌が肥えたのか、さほど美味い! とも思わなくなっていた。宮氷はあの頃に戻りたくなった。

                    完