不条理のアクシデント 第八十二話 寂[さび]れ街  <再掲> | 水本爽涼 歳時記

不条理のアクシデント 第八十二話 寂[さび]れ街  <再掲>

 片崎は、おやっ? と首を捻(ひね)った。折角、遠出して買いに来た店が見つからない。自転車を約30分ばかり漕(こ)いで、ようやく目的の店付近まで来たには来たのだ。片崎は自転車を一端、降り、道路マップを広げた。間違ってはいなかった。
━ やはり、この辺りだ… ━
 と、片崎は記憶を辿(たど)った。そして、やはり、ここだ…と確信した。そこには、一軒の大衆食堂があった。うっすらと灯りが漏れ、営業はしている風だった。ただ、周辺の店のシャッターは、ほとんどが閉ざされていた。辺りはどことなく憂(うれ)いを含み、不気味だった。その佇(たたず)まいは、以前、来た活気ある街の面影ではなかった。片崎は少し怖(こわ)くなってきた。すでに午後四時を回り、冬の日は暮れ始めていた。通行人が誰一人としていないのも、少し気がかりだった。ああ…今日は商店街が定休日か! と感じ、気分が少し落ちついた。片崎はともかく、大衆食堂に入ろう…と思った。店で訊(き)けば、その辺の事情も分かるだろうし、昼から何も口にせず、腹も減っていた。
「あのう…すみません!」
 店の中には、やはり人の気配がなくかったから、片崎は思わず声を出していた。
「はい、お待たせしました。 ご注文は?」
 店の奥から暖簾(のれん)を潜(くぐ)り、急に飛び出してきたのは顔が蒼白い初老の男だった。感じからして、どうもこの店の主人に思えた。
「チャーハンときつねうどんを…」
 あとあと考えれば妙な組み合わせなのだが、片崎の口は勝手に動き、食べたい品書きを選んでいた。
「はい! 少しお待ちを。なにぶん、一人でやってますんで…」
 まあ、そんな店は今どきあるな…と得心し、片崎は頷(うなず)いた。主人風の男は、あっ! と小さく声を出し、慌(あわ)てて暖簾へスゥ~っと駆け込んだ。片崎はなに事だ? と訝(いぶか)しく思った。男は、しばらくすると、水コップと茶を淹(い)れた湯呑みを盆へ乗せて戻ってきた。
「あのう…、この近くに竹山洋品店ってありませんでした?」
 水コップと湯呑みをテーブルへ置く男に、片崎は訊(たず)ねいていた。
「竹山洋品店? ああ! そういや、ありましたな。この先、二軒向こうです。今はもう、取り壊(こわ)されてありませんが…」
「ああ、そうでしたか…。それにしてもこの商店街、静かですね。今日は休みですか?」
「いいえぇ~、今日もやってますが」
「えっ?! ほとんどの店は閉まってますよ」
「ははは…お客さん、ご冗談を! 全店、開いてるじゃないですか。今日も人で大 賑(にぎ)わいですよ!」
 冗談はあんただろ! と片崎は怒れたが、グッと抑(おさ)え、外の様子を窺(うかが)った。やはり、人の気配は一切せず、アーケード街は静まり返っている。
「お客さん、この街、なんて言うか知ってます?」
「いや、一度、来ただけですから…」
「寂(さび)れ街って言うんですよ、フフフ…」
 薄気味悪く哂(わら)うと、男はスゥ~っと霞のように消え失せた。そのとき、片崎はゾクッ! とする冷気を肌に感じた。その男は二度と片崎の前へ現れなかった。片崎は走り出ると自転車へ飛び乗っていた。
 数日後、街の情報が得られた。商店街は一年前から閉ざされていた。時折り、幽霊が出るともっぱら評判で、人々は寂れ街というようになっていた。片崎はふと、男の言葉を思いだした。
『寂(さび)
れ街って言うんですよ、フフフ…』
 片崎は冬に怪談かよ…と、別の寒気(さむけ)を覚えた。

       
                 完