愉快なユーモア短編集 -12- 思いどおり | 水本爽涼 歳時記

愉快なユーモア短編集 -12- 思いどおり

 世の中、自分の思いどおりにいけば、こんな愉快なことはない。程度の差こそあれ、人は多かれ少なかれ思いどおりにならず生きているのだ。ということは、誰にも愉快な気分になれない嫌(いや)な瞬間がある・・ということになる。
 地上六階建ての豪邸で何不自由なく生きる黒腹(くろはら)にも、愉快な気分を害する瞬間があった。
「旦那(だんな)さま、いかがされます?」
「あ~…、まだアレか。お前、よろしく頼む…」
 愉快な気分でお気に入りのゴルフクラブをシコシコと磨み(が)いていた黒腹だったが、執事(しつじ)の蚤田(のみた)‎に訊(たず)ねられ、不愉快な顔で朴訥(ぼくとつ)に返した。
「畏(かしこ)まりました。では、さように…」
 執事はよく分かっているのか、馴れたような物言いをすると、部屋から退去した。愉快な気分を取り戻(もど)した黒腹は、ふたたびシコシコ・・とゴルフクラブを
磨き始めた。黒腹が口にしたアレとは、毎年、徴収される税務署の税金だった。掃いて捨てるほど金が舞い込む黒腹にとって、唯一(ゆいいつ)嫌な瞬間は、その掃いて捨てるほどの金の計算だった。普通では考えられないほどの金の計算は七つの会計事務所が分担して行っていたが、それでも計算し尽(つ)くせないほどの金が、湧き水のように黒腹の懐(ふところ)へ舞い込んでいたのだった。
 ゴルフクラブを磨き上げ、黒腹がふと立って見下ろす大窓サッシの視線の先に、一人のホームレスがダンポールを思いどおりに纏(まと)い眠っていた。
「羨(うらや)ましいかぎりだ…」
 黒腹はポツリと呟(つぶや)いた。黒腹はホームレスの思いどおりの生活に愉快な気分を見出(みいだ)したのである。

     
                   完