逆転ユーモア短編集 -77- 潮目(しおめ) | 水本爽涼 歳時記

逆転ユーモア短編集 -77- 潮目(しおめ)

 世の中の動きには変わる潮目(しおめ)があるという。平たく言えば、変化する時流(じりゅう)ということになる。これでも分かりにくいから、より薄くプレス[圧縮]して語れば、世の中が進んでいる今現在の方向が変化するということになるだろう。自分一人が反発したところで世間がそれを肯定(こうてい)しているのだから、その流れに従って生きていくしかない訳だ。ひょんなことで、まったく違った方向へと流れが変化するのだから面白い。それをいかに早く感知して新しい方向へと進むか・・が、成功への秘訣(ひけつ)ということになる。逆転する潮目・・これを知るのは、ひとつの個人能力に等(ひと)しい。
 とある会社の昼休みである。そろそろ午後の勤務時間が近づいていた。課員達が社内食堂や外食からザワザワと戻(もど)ってきている。その中の一角で、隣席(りんせき)同士の社員二人がベチャベチャと語り合っている。
「いやぁ~参(まい)ったよ。値下がりで大損(おおぞん)さっ!」
「先輩は株で一発! 派でしたからね…」
「いやぁ~、そんな訳でもないが、潮目を見誤(みあやま)ると、まあ、こうなる。哀れなもんさっ、ははは…」
「で、おいくらくらい?」
 先輩社員は片手の人さし指を一本、立てた。
「いっ、一千万っ!!」
 先輩社員は無言で立てた指を揺らし、顔を左右に振りながらニヤけた。
「…でしょうね。百万でしたか。まあ、相場です…」
「じゃないんだなっ!」
「なんだ、10万ですか…」
 後輩社員は、『まあ、そのくらいなら自分でも…』という顔で得心(とくしん)し、頷(うなず)いた。
「いや、そうじゃないんだ。1億さっ! …まあ、この前、3億ほど稼(かせ)がせてもらったからいいけどさっ、ははは…」
「ぇぇ…」
 後輩社員は唖然(あぜん)として言葉を失った。
「俺としたことが、だっ! 潮目を読むのは難(むずか)しいのさっ、ははは…。さあ、仕事仕事っ!」
 後輩社員は先輩がなぜ安い給料で働いているのか? が分からなかった。
 潮目が読める人は、ある意味、堅実(けんじつ)なのだ。

      
                   完