逆転ユーモア短編集 -75- 追い抜く | 水本爽涼 歳時記

逆転ユーモア短編集 -75- 追い抜く

 快晴の中、駅伝が行われている。食材(しょくざい)高校のアンカー、葱川(ねぎかわ)は先頭を走る調理(ちょうり)商業の鴨岸(かもぎし)に35秒差をつけられ、2位に甘んじていた。襷(たすき)を受け取ったときは先頭と20秒差だったから、差を広げられたことになる。沿道から指示を出しているのは、コーチ、出汁(だし)である。出汁は、大声で、「差が広がってるっ! ぺースを上げろっ! ぺースをっ!!」と、大声でガナリ立てた。当然、その声は葱川に届(とど)いていた。コーチの意思を知った葱川は『追い抜くんか~~いっ?!』と、心で愚痴った。次の瞬間、葱川の脚はギア・チェンジされ、速度が増し始めた。コース残りは、ほぼ半分の3Kmである。葱川は取り分けて相手を抜こうとは思っていなかった。
「どうなんでしょう?」
「ええ、ひょっとすると、逆転するということも…」
 テレピの実況中継がアナウンサーと解説者の会話を流していた。
「入れ替わる・・訳ですね?」
「入れ替わりはしませんが、順位が変わるかも知れません」
 アナウンサーは、『それが、入れ替わる、ってこったろうがっ!」と、心で吠(ほ)えた。その怒りが葱川に伝わったのかは不明だが、葱川のぺースは瞬く間に上がった。
 半時間後、競技場のゴールでニッコリ微笑んでいたのは、調理商業の鴨岸ではなく食材高校の葱川だった。追い抜く気がなかった葱川は、結果として追い抜き、順位が逆転したのだ。出汁のガナリ立てがよかったのか、駅伝は美味(おい)しく茶の間(ま)で食べられた。

      
                   完