逆転ユーモア短編集 -70- 時間配分 | 水本爽涼 歳時記

逆転ユーモア短編集 -70- 時間配分

 人の生き様(ざま)には関係なく、時間は誰にも平等に流れている。ということは、有効に上手(うま)く時間を使い熟(こな)した人が好結果を得られるということだ。時間を逆転させ、過去へ戻(もど)れない以上、これから先の時間配分は人生を成功させる重要な鍵(かぎ)となってくる。
 とある店の事務所前である。
「土鍋(どなぺ)さん! 申し訳ないんですが、明日の昼出(ひるで)なんですが、朝勤(あさきん)でお願いできないでしょうか?」
「なにかあったんですか?」
「ええ、実は朝勤の鉄蓋(てつぶた)さんに急用ができましてね…」
 事務の係長、焼石(やきいし)は勤務簿を見ながらロッカールームから出てきた土鍋に懇願(こんがん)した。土鍋としては突然、湧(わ)いた話である。明日は昼出だから午前中に煮物を作っておこう…との腹積(はらづ)もりだったから、さて、どうしたものか…と一瞬、戸惑(とまど)った。
「いや、何かご用がお有りなら、どうしてもという訳ではありませんので…」
 焼石は美味(おい)しいビビンバのように、サッ! と体を躱(かわ)して引いた。相撲で言うところの立ち合いの変化である。
「いや、そういう訳では…」
 土鍋はあっけなく土俵に転げ落ちた・・という訳ではなかったが、機先(きせん)を制(せい)された。
「そうですか。でしたら、よろしくお願しますね。お疲れさまでした」
 リズムよくトントントン・・と畳(たた)みかけられては、土鍋としても断る訳にはいかない。「はあ、分かりました…」と、思わず頷(うなづ)いてしまった。
 帰路、土鍋は自転車を漕(こ)ぎながら思った。
『そうだ! 時間配分を変えればいいだけのことだ…』と。時間配分を変え、明日の昼から煮ればいいだけのことなのだ。何も、必ず朝に煮なければならない・・という話ではなく、急ぐ訳でもなかった。土鍋は、朝から煮物を…との考えに捉(とら)われ過ぎたばかりに、時間配分を忘れてしまったのである。火を止めても、土鍋はしばらくの間、熱を保つから雑炊(ぞうすい)には適している。

      
                   完