怪奇ユーモア百選 13]怖(こわ)い三日後 <再掲> | 水本爽涼 歳時記

怪奇ユーモア百選 13]怖(こわ)い三日後 <再掲>

 朝食後、いつもの庭掃除と盆栽の剪定(せんてい)を済ませると、餅川(もちかわ)はいい湯加減のシャワーでホッコリし、浴室を出た。火照(ほて)った頬(ほお)をまるで餅のように美味(うま)そうに紅潮させながらキッチンへ入ると、冷蔵庫から冷えたミルクを徐(おもむろ)に取り出した。そして、そのミルクをコップに注ぎ入れ、グビグビッ! っと、喉(のど)へ流し込んだ。飲み終えた餅川は満足この上ない完全なミルク顔となり、感無量! とばかりに目を閉ざした。疲れがいっきに餅川を眠気へと誘(いざな)った。餅川はいつしか、ウトウトとテーブル椅子に座ったまま眠っていた。ここまでなら、餅川のその後は万事順調の、めでたしめでたし・・のはずだった。
 目覚めると、すでに夕方になっているではないか。えっ! そんなに寝たか? と餅川は少し驚いたが、それでも、疲れはとれたようだったから、まあいいか…と軽く考えた。今日は日曜だし、別に急ぐこともない…と、餅川は新聞を広げた。そのとき、なにげなく目に入った日付に、餅川はおやっ? と思った。日付は三日後の水曜が印字されていた。馬鹿なっ! と餅川は新聞を場当たり的にアチラコチラとめくった。だが、やはりどの誌面も日付は三日後の水曜日だった。餅川のモチモチした紅潮顔は、蒼白の青ナスへと変化した。
「あらっ? あなた、早かったわね…。残業は?」
「んっ? ああ、まあな…」
 思わず、餅川は誤魔化していた。妻の美葉の言い方からすれば、餅川は今日、出勤していたことになる。一瞬、餅川はゾクッと寒気(さむけ)を覚えた。
 無言で夕飯を早めに済ませ、餅川は寝ることにした。缶ピールを一本飲んで早々とベッドに入ったが、なかなか寝つけなかった。それでも、いつしか微睡(まどろ)んで、朝を迎えた。
 餅川はソソクサと起き、朝刊を取りに玄関へ出た。朝刊を慌ただしく見ると、日付は月曜だった。
「そうだよな、これで、いいんだ…」
 餅川は独りごちた。
「あら! 今朝は早いわね?」
 美葉がキッチンから現れ、餅川に気づいた。
「ああ…。昨日、俺、早く寝たよな?」
「なに言ってるのよ。昨日は遅くまで飲んでたじゃない」
 餅川には、まったく心当たりがなかった。俺はどうかしたのか…と、その日は、まったく仕事が手につかなかったが、何事もなくその日は終わり、餅川は区役所から帰宅した。寝る直前、餅川は、なぜか三日後が怖(こわ)くなった。
 そして、怖い三日後が巡った。残業はせず、少し早めに家へ戻(もど)ると、美葉が声をかけた。
「あらっ? あなた、早かったわね…。残業は?」
「んっ? ああ、まあな…」
 自分でも気づかなかったが、三日前と同じことを言った自分に、ふと餅川は気づいた。美葉が訊(たず)ねた言い方も三日前、そのままだった。
「今日は、水曜だよな?」
「なに言ってるのよ。今日は日曜だからって、釣りに行ったんでしょ?」
「そうだったか…。ああ、そうだったかな?」
 餅川は柔らかくなった餅のような顔で、訝(いぶか)しげにそう言った。その後の餅川がどうなったか・・私は聞いていない。

    
                     完