怪奇ユーモア百選 4]怪談なま欠伸(あくび) <再掲> | 水本爽涼 歳時記

怪奇ユーモア百選 4]怪談なま欠伸(あくび) <再掲>

 とある小学校の、とある教室のホームルームである。
「では、今日は伝えることもないから、先生が短い怪談話でもすることにしよう」
 教室から、バチバチ…と、まばらに拍手が起こり、やがて全員が拍手した。その音が鳴りやむと、担任の清水は静かに生徒へ語り始めた。
「…怪談なま欠伸(あくび)だ」
「なま首(くび)ですか?」
 生徒の一人、クラス委員の八田が唐突にスクッ! と立つと、訊(たず)ねた。
「ははは…馬鹿野郎。生首じゃない、なま欠伸だ!」
 教室内が笑いの渦(うず)に包まれた。笑い声が途絶えると、清水はやや低い小声で、ふたたび語り始めた。
「そう、あれは一年ほど前のことだ。先生は宿直で職員室にいた。そろそろ、宿直室へ行くか…と思ったとき、不意に職員室の戸がガラッ! と開いた。先生はギクリ! とした。辺(あた)りはすっかり暗闇で、先生が座る机の電気スタンドの蛍光灯だけの灯りだ。よく見ると、用務員の矢尻さんだった」
『先生、お疲れでしょう。そろそろ仕舞って下さいよ』
『はあ、ありがとうございます。今、そうしようと思っていたところです』
「そう言って、先生は戸口に立つ矢尻さんを見た。いや! 今、思っても信じられんが、矢尻さんは首から下がなかったんだ。首だけが宙(ちゅう)に浮いて話してたんだ。先生はゾォ~~っとした」
 そこまで話すと、清水は教室内の生徒達をゆっくりと見回した。教室内は物音ひとつせず、静まり返っていた。清水の顔は、いっそう真剣味を帯びた。
「先生は怖(こわ)さで直立していた。すると、妙なことに、首はスゥ~っと音もなく消え、戸が静かに閉まったのさ」
「なんだ、やっぱり、なま首じゃないですか」
 八田がニタリとして言った。
「馬鹿言え。話には続きがあるのさ。目の疲れのせいだろう…と、先生は背伸びをして、欠伸をしたんだ」
「なま欠伸ですね!」
「そういうことだ。怪談なま欠伸だ」
「本当ですか?!」
 八田が疑いっぽい、やや大きめの声で言った。教室内は笑いの渦となった。その笑い声が消えると、清水はまた話し始めた。
「話には、まだ続きがある。先生が用務員室を覗(のぞ)くと、矢尻さんが夕飯を食べていた。『矢尻さん、職員室へ今、来られましたよね?』と訊(たず)ねると、『いいえ? 食べ終えたら行こう…と思ってたんですよ』って言うんだ。先生は、また怖くなった。その一週間後、矢尻さんがお亡(な)くなりになったことは皆も、よく知っているな」
 教室内は、ふたたび静まり返った。

    
                      完