コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 特別編 | 水本爽涼 歳時記

コメディー連載小説 里山家横の公園にいた捨て猫 特別編

 沙希代の手料理は小鳩(おばと)婦人に勧(すす)められない。豪華なオードブルを口にしながら、里山はそう思った。沙希代の出汁(だし)巻きや料理も、味として文句のつけどころがなかったが、三ツ星評価された一流店シェフ特注のオードブルと比較すれば、どこか貧相に見えたのである。
 小鳩婦人達が花見に加わってからというもの、里山達から言葉が消えていた。それに比べ、小次郎一家は実にニャニャゴニャニャゴと賑やかで、大いに盛り上がっていた。もっぱら、小次郎、みぃ~ちゃん、モモの家族間は猫語での会話だ。一応、場所取りは里山と沙希代夫婦用、小鳩婦人用、小次郎家族用の分が約2㎡ずつ、三か所確保されていた。飲み物として小鳩婦人はワインを嗜(たしな)み、里山と沙希代はビール、小次郎一家は猫用特製ドリンクである。桜の花びらが里山のコップにフワリと舞い落ちた。昼下がり、寒くもなく絶妙の花見条件である。堤防越しに流れる微(そよ)風も暖かく、里山に久々の解放感が訪れていた。ただし、里山のこの気分に小鳩婦人は含まれていない。含めば、ただの仕事場気分に戻(もど)るからである。幸い、小鳩婦人も少し理解しているのか、お付きの老女や老運転手と話している。このまま、時間が止まれば、いいがな…と里山はふと、巡った。
 堤防上の草叢(くさむら)での花見の会も3時過ぎには終わり、小次一家は久しぶりに里山の家へ戻った。というのも、里山の出迎えで小次郎は小鳩婦人が建ててくれた新宅から仕事に出ていたから、しばらく里山家はご無沙汰だったのだ。

                                           つづく