連載小説 幽霊パッション 第二章 (第九十一回)
幽霊パッション 第二章 水本爽涼
第九十一回
そして、幽霊平林は、この前とまったく同じように瞼(まぶた)を開けると、如意の筆を二度ばかり振った。その刹那(せつな)、二人の姿は忽然と部屋から消滅した。と、同時に、灼熱の太陽が降り注ぐソマリアへ、ふたたび二人は出現した。日本からアフリカへ、二人は瞬間移動に成功したのだった。
現れたところは、ジブチ国際空港にそう遠くない舗道の脇で、少し前方には飛行場と旅客機の小さな機体が確認できた。
「おお! おお! ここがソマリアか…」
『成功したようです。やはりアフリカは暑そうですね。僕は感じないから関係ないんですが…』
『君は死んだ身だからな。私には堪(こた)える暑さだ。まあ、湿度が低いから、さっぱりした暑さだがな。それに、パスポートがいらないのがいい』
上山は探検帽の庇(ひさし)に手をやりながら、辺りの風景を見遣(みや)って云った。
『幸い、治安が悪いところに現れず、空港近くでした』
「ははは…、完璧だよ、君。で、念じる内容は纏(まと)まってるんだろうな」
『ええ、そりゃ、もちろんです』
「それじゃ、なるべく早く始めてくれ。私は、ただいるだけだしな。だいいち、他の者は私が見えるんだからな。見つかりゃ、不法入国だから不審者扱いされ、ど偉いことになる」
『はい! すぐ、始めます』
幽霊平林は上山に急(せ)かされ、少し慌(あわ)てた。
「いや、そう急がなくていい。この国は、民族内戦による国の疲弊だから、まず、国民の戦う心を無(な)くさないとな」
『はい、僕もそう思いました。戦う心が無となれば、武器があっても平穏になりますから』
「そうだな…。で、結果として飢餓も防げる。まっ! ほんとは、武器がなけりゃいいんだがな」
上山も、その言葉に納得した。二人はトボトボと空港に向け、歩いていた。
『それじゃ、そろそろ念じます』
「ああ、そうしてくれ。こりゃ、暑くてかなわん!」
上山は肩から襷(たすき)に掛けた水筒の茶をひと口飲み、天を仰いだ。