連載小説 幽霊パッション (第百十七回) | 水本爽涼 歳時記

連載小説 幽霊パッション (第百十七回)

  幽霊パッション    水本爽涼
                                     水本爽涼 歳時記-幽パ117                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              

    第百十七回
「死ににくいか…。ははは…、まあそうなるなあ」
 二人は移動しながら軽く笑った。前方に駅舎が見えてきた。上山が腕を見ると、十一時半近くになっている。駅近くに見つけておいた店で昼を済ますか…と、上山は歩み緩めて巡った。
「君はいいよな、食わないでもいいんだから」
『ははは…、その点は便利ですね』
 幽霊平林は、そう云いながらスゥ~っと上空へ昇っていく。
「あっ! 君! …どうしたんだ?!」
『それがぁ~、僕にも分からないんですぅ~!』
 消えるでなく、自由にならない身体に戸惑いながら、幽霊平林は次第に小さくなって上空へと昇っていった。だが、その動きは幽霊平林が自ら移動しようという意志の力ではない。勝手に身体が動くのだ。雲が自分と同じ高さになる…つまり、雲の高さまで到達すると、さすがに上昇は止まった。幽霊平林は完全にパニックで我を忘れていたが、上昇が止まると、慌てふためいて降下していった。もちろん、今度は自分の意志によってである。なぜ自分がそうなったのか…という原因はゴーステン以外には考えられず、しかも、いつこうなるのか分からないのだから、幽霊平林が不安に苛(さいな)まれたのも無理からぬ話であった。今までは霊界で止まれなかっただけのコンディションが、ここまで異常をきたすとなると、これはもう、トラブルをいつ起こすかもしれない車を運転している人間心理と寸分も変わらないのだ。要はビクビクもので、そんな心理状況に幽霊平林が陥(おちい)っていたということである。
 真っ逆さまに降下した幽霊平林だったが、余りの落差のために、いささか精気を失っていた。まあ、よく考えれば、精気がないのが本来の幽霊なのである。身体が活発に動いて止められず、心がパッション(情熱)で満たされること自体が本来は不自然なのである。