連載小説 幽霊パッション (第百八回)
第百八回
「そうですか。でしたら一度、ご自宅の方へ、お電話をなさったら如何でしょう? 先生もご自宅での療養で済む程度だという医者の診立てらしいですから」
「ああ、そうですか…。でしたら、そうさせてもらいます」
上山は、そう返して電話を切った。そして、すぐさま、佃(つくだ)教授の自宅へ電話した。幸い、背広に入れたまま忘れていた佃教授の名刺があったことを思い出したのが幸いし、電話できたのだった。
「はい。宅の主人でござ~ますか? …ええ、そうなんでござ~ますの、ほほほ…。まあ、大事に至らず、よかったんですけどもね」
電話に佃教授は出ず、夫人らしき声の女性が上山の応対に出た。
「いやあ、それは何よりでした。研究所の助手の方から詳細をお訊(き)きし、驚いておったところです」
「そうなんでござ~ますの。今まで寝込んだことなど一度もござ~ませんのに、ほんと、嫌ざま~すわ、ほほほ…」
高慢ちきな女だな…と、上山は少々、怒れたが、そんなことは云える訳もなく、気持を押し殺して低姿勢で話そうと努めた。
「ははは…、ご壮健なんですなあ。実は、先生にお目にかかりたいと思うんですが、駄目でしょうか?」
「いいええ~、ちっとも…。気分はすっかりよくなりましてね、ごく普通の状態まで回復してござ~ますのよ。ただ、微熱が少し取れない、って申しますか…」
「そうですか。では先生に、上山が面会したいと云っておると伝えていただけないでしょうか」
「はい! しばらくお待ち下さ~まし…」
保留音が流れ、二人の会話はしばし途切れた。
夫人が戻ってきたのは、上山が思ったより早かった。
「お待たせいたしました。宅の申すには、いつでもいいと…」
「…はあ、そうですか。でしたら、早速なんですが、明日にでもお邪魔させていただきます。午前中が空いておりまして、十時頃にでも…と、思っておりますので、そうお伝え下さいますよう…」