スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第九十九回) | 水本爽涼 歳時記

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第九十九回)

  あんたはすごい!    水本爽涼                                     
                                        水本爽涼 歳時記-あ 挿絵99                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          

     第九十九回

仕事中とはいえ、これは身辺で起きている重大事項に思え、それとなくトイレへ行くと、携帯を取り出した。さすがに部下がいる中、会社の電話でママに…という訳にはいかなかった。それに、社内電話は交換室を中継しているから、聞かれる油断も看過(tかんか)できない。さらに加えて、悪いことをしている訳ではなかったが、変人に思われたり内容が漏れて風評が立つこともないとは云えず、安全策をとったのだった。
「あっ、ママ! よかった…つながって。あのう、今、大丈夫ですか?」
「ええ、よくってよ…。何?」
「ママ、沼澤さんの連絡先って知らないですか?」
「えっ? 沼澤さん…。え~とねえ…。早起(はやき)にお住いじゃなかったかしら」
「それは分かってるんですよ。お家(うち)の電話とか、そんなの、分からないですかねえ…」
「ちょっと待ってくれる。確か…お住まいの電話をメモっといたと思うのよぉ~。一端、切るわね。折り返し、かけるから、待ってね…」
「はい、お願いします」
 腕を見れば十時前だった。ママは起きたところらしく、眠そうな声で話し、電話を一端、切った。トイレの便器に腰を下ろし、用をたす訳でもなくママの電話を待っている自分がどこか、ぶざまに思えた。