スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第六十五回) | 水本爽涼 歳時記

スピン・オフ小説 あんたはすごい! (第六十五回)

   あんたはすごい!    水本爽涼                                     
                                        水本爽涼 歳時記-あ 挿絵65
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           

     第六十五回                          


「おお…、もうこんな時間か。つい、ウトウトしてしまった。いや、すまんすまん…」
「私はいいんですが、課員に示しがつきませんので…」
「いや、君の云う通りだ。申し訳ない」
「今朝は早く出勤されたんですか?」
「ん? まあな…。いや、そんな早くはないんだけどね」
 私は一端は肯定し、すぐさま否定していた。別に早く出勤することは悪いことではないのだが、深層心理として禿山(はげやま)さんと語らう光景が鮮烈に残っていたものと思われる。結局、瞬間的にその場面を児島君に知られることから回避した、と自己分析した。犯罪の取り調べにも用いられる微妙な人間心理の弱点である。
「余り眠っておられないのでは?」
「なに云ってる。昨日は疲れて早く眠ったさ」
 今朝も外部からの電話応対で課内は多忙を極めていた。一昨日(おととい)までの第二課なら、間違いなく課員達の注目の眼に晒(さら)されていたのだろうが、昨日(きのう)から全員が私のことなど眼中になく、電話応対、契約書類などの事務に明け暮れていた。この繁忙の要因は、まだ断言出来ないまでも、沼澤氏の玉の霊力と見られ、その確信は次第に私の中で高まっていた。
「そうですか…。なら、ご注意して下さい。今、コーヒーを持って来させますので…」
「なんだ? 偉くサービスがいいじゃないか」
 その言葉が終るか終らないうちに今年、配属された新入女子社員の森崎君がホットコーヒーを盆に乗せて持ってきた。
「ああ、ありがとう…」
 罰悪く、私は小声で礼を云っていた。それにしても程々は眠った筈(はず)だから、なぜ意識が遠退いたのか、が分からなかった。