賭け麻雀の是非6 | 無気力無関心(仮)

賭け麻雀の是非6

前回では雀荘の明確なコンプライアンス違反は『フリー営業=賭博開帳図利罪』と『深夜営業=風適法違反』の2つと書きました。


今回はこのような営業が日常的に行われるようになった背景について書いてみたいと思います。



麻雀におけるフリーという営業スタイルは、1958年に新宿の東南荘という雀荘が最初に行ったとのことです。(ひいいの麻雀研究1-11 雑学 』より)


当時の情勢としては、その営業スタイルが問題になるということはなかったようです。(まだフリー営業をやってる店は少なかった?賭博開帳図利への問題意識が低かった?)


その後は第2次麻雀ブーム(1975~85年)のおとずれにより麻雀が社会人の娯楽の中心となり、フリー営業がなくてもいくらでも卓が立つ状況でした。


問題は麻雀ブーム終焉後で、その衰退ぶりは『レジャー白書より 』や『未来予想図 』でも書きましたが、需要の減少からセット雀荘は次々と閉店に追い込まれていき、フリー営業に活路を見出す雀荘の割合が相対的に増加していくことになりました。


一方で、深夜営業に関しては『徹マン』という言葉があるように、深夜に麻雀を打つというのは一般的なこととして世間でも認識されています。(おそらく麻雀が日本に広まってかなり早い段階で。)


そして、雀荘の深夜営業が具体的に禁止となったのは、1984年に風営法が風適法に大幅改正されて『営業時間は日の出から午前0時まで』と規定されてからです。


これに対して、雀荘側は『看板を下げる・シャッターを下ろす・カーテンを閉める』などを行うだけで、(客の需要に応える形で)ほとんどが深夜営業を続けました。



賭博開帳図利や深夜営業の是非については各論あると思いますが、そうであっても『違法状態で営業していると、店内で何かトラブルが起きても警察に頼ることもできない(⇒犯罪の温床化)』という大きな問題が(雀荘に限らず風俗営業全体で)存在します。


にもかかわらず、なぜこのような状態が放置あるいは黙認され続けているのでしょうか?


1つ目の理由には、『統括組織が存在しない』ということがあります。


全国麻雀業組合総連合会(全雀連)という組織が一応は存在しますが、これは雀荘業界の統括組織としてはまったく機能していません。


よって、警察の対応も『行政からの指導が業界全体に行き渡らない』⇒『個別の対応では業界全体を取り締まるのには無理がある』⇒『見せしめ的な摘発による業界への引き締め』となってしまうのもある意味当然です。


2つ目の理由には、『違法営業を続けてきたという一般性』があります。


↑のような見せしめ的摘発に対して、それ自体に疑問や憤りを感じることはあっても、実際に自分が客や経営者の立場となった場合には「みんなやってるし、自分は大丈夫だろう」と、どこか他人事のように感じてしまいます。


すなわち、『実際のところは警察側は放置も黙認もしていない』のに対して、逆に『業界側がそれを無視して勝手に黙認されていると誤解していた』ということです。(似たような状況として『風適法とダンス規制 』などもあります。)



【追記1】

雀荘の違法行為には脱税も多いらしいです。


朝日新聞(2011年12月26日)の記事らしいけど、ソースを見つけられなかったので梶本さんのブログ からの転載です。


最近、国税当局に申告漏れや所得隠しを指摘されるお店が大都市を中心に増え、個人事業主としては貸金業に続く第二位に麻雀店があるという。大阪の麻雀店店長は「脱税でもしなければやってられない」とか。そこで、深夜0時~日の出までの売り上げを隠蔽し、税金を免れていたとか。最近では経済状況が悪い店が脱税に走る可能性があるとみて、国税局が麻雀店の調査に力をいれているということだ。

違法行為を自ら申告する訳はないから、深夜営業をしてる雀荘というのは経費は深夜分も含めて、売り上げは深夜分を除いて申告するのがデフォルトになってる可能性は高いと思います。(電気使用量とかで突っ込まれるとすぐバレる嘘だろうけど。)



【追記2】


パチンコの営業は風適法によってあらゆる部分が明確に規定され、それを遵守することにより現在のような営業が可能になっています。


パチンコにおける賭博開帳図利的な部分といえば『特殊景品による換金(三店方式)』でしょうか。


三店方式自体は戦後直後にパチンコが大ブームとなった際に、パチンコの大人気にあやかってパチンコ景品であった「煙草」(初期段階の特殊景品)の換金行為をする「買人」が出てくる中で、換金行為に暴力団などの不法者が介入して景品換金利権を巡る抗争が激化した事態に対処するためにパチンコ業界が景品換金行為の健全化を模索した結果として1961年に大阪で誕生した「大阪方式」がきっかけとなり、それが全国に拡大したという経緯がある。(三店方式 - Wikipedia)


パチンコの営業が風営法の適用を受けるようになったのが1959年で、そこから三店方式が普及するまでの間がパチンコ業界の(独自営業や暴力団との関係から警察の保護下での営業に入る)転換期だったのではないかと思います。


それから、1990年からCR機導入によるパチンコ店の売り上げ管理やカード売り上げの利権、他にもパチンコ・パチスロ台の審査を行う保通協など、様々な面でパチンコ業界と警察は『利権と保護』の関係を深めていくことになりました。


逆に、このことから「雀荘業界が裏で警察でつながっている」という噂(もしくは漫画上の設定)が嘘であるということは明白であると思います。



また、パチンコ店というのは(風適法上認められた例外ケースを除けば)深夜営業を行うようなところは皆無です。


パチンコ業界において風適法というのは絶対であり、これに反すれば営業停止は避けられません。(その営業自体への是非はあるが、コンプライアンス意識は非常に高いと言える。)


それから、面白い例としては、「(サッカーの日韓ワールドカップ開催時に)警備で忙しいから期間中の新台入れ替えを自粛」とか「(東日本大震災後に)不謹慎だから出玉を連想させるイベントを自粛」などという通達が警察から出され、実際に業界全体で実施されたということがあります。(全国各地の遊技業組合を中心に、一斉に自主規制が行われた。)


これらのことから、パチンコ業界内での縦横の連携は(他の風俗営業と比べて)段違いであるということがよくわかると思います。



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