玉虫色の言葉(言葉と理論・リターンズ) | 無気力無関心(仮)

玉虫色の言葉(言葉と理論・リターンズ)

まずは、以下の牌譜をご覧下さい。(近代麻雀12/15号より)


第6回野口賞最終審査最終戦(決勝戦オーラス)


東家 タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定

南家 タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定

西家 タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定

北家 タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定


南家の手牌

タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定タイトル未設定 ツモタイトル未設定 ドラタイトル未設定



南家はここから(フリテンの1-4-7索待ちに受けずに)2索を切り、最終的に3-6索のノベタンでアガって優勝を決めました。


以下、観戦記の概要です。


・大多数がテンパイを取るだろう(七萬が出たらポン)

・2索切りを見て「落ち着いてるなー」と思った(覚悟や達観を感じた)

・「自分の感性に従った方が後悔もないと考え、イーシャンテンに戻しました」(当事者コメント)

・「究極のところは感性に従う」という考えには賛成である



普通の人ならなんら違和感を感じないかもしれません。


しかし、『感性』という言葉にはトリックが存在します。


例えば、『(もしも)六萬を切ってテンパイを取り、結果的にアガれた』としても、やはり『感性』という言葉で説明・賞賛することができるのです。


要は、『感性』という言葉の曖昧性を利用しているということです。



『感性』という言葉は、麻雀界では非常に重宝されています。


この言葉自体には意味はないのですが、どんな対象にでもオールマイティーに使えて、理論的な裏付けを必要としないという恐るべき特性を持つからです。


なぜならば、『感性』という言葉が因子的にダブルスタンダードを含むからです。(参考:『ギャンブル的側面28 』)



また、政治の世界には『玉虫色』という言葉があります。


これは、『解釈のしようによって、どちらとも取れるあいまいな表現』という意味で、この利点は2つあります。


・断定的な発言をして揚げ足を取られることを防ぐ(『遺憾』『記憶にありません』等の発言)

・先に法律だけ作っておいて、後から流動的に運用する(日本の法律の条文は基本的に玉虫色)


日本の政治家(政治屋?)が用いる伝統的な手法です。



『感性』の他にも、『大局観』『流れ』『体勢』『デジタル・アナログ・オカルト』…など、麻雀には様々な玉虫色の言葉ダブルスタンダードがあります。


このような表現はいわゆる『詐欺の手法』ですので、使う側には間違いなく『何らかの意図』があるということでしょう。


その意図は様々ですが、結果的に麻雀の理論化が阻害されているということは非常に大きな問題であることは確かです。



(やっと『言葉と理論14.55.5 』のリベンジが出来ましたw)




【オマケ】


※例の手牌の2切りと七切りの比較


テンパイの六切りとの比較は不可能ですが、同じテンパイトラズの2切りと七切りの比較は可能です。

(観戦記では一切触れられていませんが…)


四五六六七七⑧⑧⑧23456 ドラ六


受け入れは、

2索切り ⇒ 三~八、1~8 (14種33枚)

七萬切り ⇒ 三~八、1~7 (13種29枚)


フリテンの受け入れを除くと、 

2索切り ⇒ 三~八、3・6 (8種18枚)

七萬切り ⇒ 五・八、1~7 (9種21枚)



2切りのメリットは七ツモ(残り1枚)くらいでしょうか。(浮かせ打ち形なのに筒子・索子にフリテンのキズ有り) 

それ以外の要素は喰い仕掛けも含めて七切りが勝っていると思います。