母さんは夜なべして手袋編まなきゃいけないのかと思ってた。
(年バレますね笑)

子どもが欲しくて、お母さんになりたかった。

それが叶うなら、他のこと何だって我慢できる!って思った。

年子で姉弟を産んで、毎日
「あーもー大変♡」
って言いながら味わう幸せ。

自分のことは後回しで、
子どものために頑張っている自分が好きだった。
酔ってた笑
 

特に上の娘の時は、布オムツだったり、離乳食を手作りにこだわったり、自分で大変な方を選択して追い込まれてたなあ。

子どものためならいくらでも頑張れる私!
になりたかったし、
そのつもりだった。

でも、
そうじゃない気持ちもずっとずっとあったんだ。

・オシャレしたい。
・お買い物行きたい。
・外でごはん食べたい。
・一人で出かけたい。
・大人と話がしたい!!!!!!

「子ども達のお母さんじゃない自分も味わいたい。」

だけど、
その気持ちに気付いてしまったら、現状との違いに惨めになりそうで、
気づかないフリしてた。

そんな事を思ったら、
生まれてきてくれた子ども達に申し訳ない!

「お母さんなんだから。」

自分を生きるか、
お母さんとして生きるか、
どちらか《ひとつ》しか選べないんだと思っていたから。

苦しいけど、自分で選んだ。
苦しいけど、もう変えられない。

選択肢は他にもあったはずなのに
『頑張る』
しか選べなかった。

ほんと頑張ってたな。
っていうかムキになってた。

その上、やっかいな事に見栄っ張りな私は
「頑張ってる」って思われたくなかった。

でも本心では誰かに
「頑張ってる」こと分かって欲しかった。

めんどくさいヤツ笑
どっちよ。

子ども達が大きくなって、環境が少しずつ変わってきた頃から、

お腹の奥の方に沈めて
重たい蓋をしてあった感情が、
時々蓋の隙間から浮かび上がってきます。

無かったことにしたり
気づかないフリをいつまでもしていないで、
思い切ってその蓋を外したい!

コワイけど。

自分の気持ちに気づくまでには
長い時間がかかったし、
行動を起こすにはさらに時間が必要でした。

子育て時代は間違いなく私にとって大切で幸せな時間だった。

自分の好きなことをして生きるのは、
今まで色んなこと我慢して頑張ってきた自分を否定するような気がして
怖くてできなかった。

それ以上に、
親や家族や周りの目が怖くてできなかった。

お金を自分のために使うことに罪悪感があって、自分の物を買う時はいつも
〈安かった〉とか、〈バーゲンだった〉とか、
誰も聞いたりしないのに心の中で言い訳してた。
お金を使うと後悔してた。

使うのを我慢して、
お金と一緒に不満を溜めていた。

手袋を編んだことは無いけど、寝不足になってでも家族に尽くすのが良いお母さんだと思って無理してたな。

《お金と時間》を自分のために使うって、私にとって大きなチャレンジ。

自分のために生きようと決めてから、
会ってみたい人に会いに行ったり、
WSに参加したり、
講座を受けてみたり、

心の声を聞いて、
好奇心のままに行動したら、
楽しくて、嬉しくて、

同時に ゾワゾワして、
バチが当たるんじゃないかと心配しながら、
コワイけど、

やめない。

人間、何歳からでも変われるって本当かな。
自分で確かめてみよう。