「どうぞ。はいって。」


生体認証をタッチして、

翔ちゃんが、マンションのエントランスに入ってく。



タクシーに乗り込んでから、

翔ちゃんは、

さっきまでとは打って変わって

何もしゃべらなくなった。


たぶん、

有名人だからだろう。



タクシーというのは、

言わば密室だし、

タクシーの運転手さんにも、

何を言われるかわからない。



さっきまで俺の肩を抱きしめるように

置かれていた手は、

静かにそこから外されて、

下に下された。


ただ、俺と翔ちゃんの座席の隙間。


そこで、誰からも見つからないように、

翔ちゃんは俺と手を繋ぎ、

黙ったまま、

タクシーは、エントランスに滑り込んでいった。



「ありがとうございます。」


スマホでさっさと電子決済を済ませ

タクシーの運転手さんに

深く頭を下げる翔ちゃんは、


いつものテレビで見るニュースキャスターさんだ。


俺も、

隣で、慌てて

この人に見合うように頭を下げる。



この沈黙は俺には重い。


いつまでこうなんだろう。

そう思って

エレベーターに乗り込んだ瞬間。




「はぁぁぁ。」


翔ちゃんが、やっと息ができたかのように

腹から息を吐いて 喋り始めた。



「やっば。

緊張したぁぁ。」



ふぇ?



「なに?翔ちゃん?

緊張してたの?」



「そりゃ、緊張するだろ。雅紀。

タクシーの運転手って言ったって、

外の人だしさ。


ニュースキャスターの顔してなくちゃ

いけねぇじゃん。


俺、こんな外面、

雅紀には見せたくねぇんだけどさ。


雅紀には迷惑かからんねぇだろ。

俺のせいで、

雅紀が何言われるかわかんねえし、



それに、

俺、

自分ちに、人とか連れてきたことねぇんだよ。」



「へ?まじ?

俺、初めてのお客さん?」



その前の言葉は

意味をどうとっていいかわかんないから、

一番最後の言葉だけを拾う。



「そ。

初めてのお客さん。


さ、着きましたよ。

お客さん?」




ちん。


エレベーターが最上階なついたことを知らせる音が鳴ると、



翔ちゃんは自分の部屋まで、

俺の腰に手を置いて、

エスコートした。





⭐︎つづく⭐︎







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