私は小学生の時から祖母や祖父の影響もあって裁縫や工作が好きだった。
上手くはないが好きだった。
上手く作れなくても
祖母や祖父と何か作ったりすると必ず誉めてもらえた。
だから小学生の時も
好きに作れる工作時間が好きだった
オルゴールを入れる箱を彫刻で掘って色を塗る
そのさいのデザインも上手くもないし可愛くもないけど私は少しも気にすることなく描いて作ってた。
友達はデザインの段階で悩みまくってて
どんどん進む私に
「なんでそんなすぐに思い付いて作れるの」と
不思議そうに聞いてきた。
私はその瞬間
作りたいものが思い付かない事のが不思議だと思った。
「なんでもいいって言われてるから好きなので良いんだよ?」
本当に不思議だと思った
何を作ってもいいと言われているのに
何を作ればいいのか分からないと悲しむ友達のことが。
友達はその後も何度か先生と相談しながらとても可愛い作品を作り上げていた。
そして私はその時
何を作ってもいい」に「何を作ればいいのかわからない」となる人がいると言うことも知る。
そして中学では基本が何を作ってもどうぞではなく
この作品を見ながらとかテーマに沿ってと形がある程度あるもので作らされることが多くなった。
きっとあのタイプの子はこう言う方がやり易いんだろうなと感じた。
(私はつまらなかったけど)
そして高校になるとまた、思うままに描いて出してねという美術の時間が出てきた。
するとやはり
現れる
何描いたら良いの??タイプさん
そして私はその子に
その子の描く女の子がみたいかなと伝え
描いてもらうようしていた。
私は好きにしていいと言っていたので
好きになように描いて出した
もちろん上手くないし
これはなに?と先生の頭の上に、はてなが浮かぶような謎の絵でしたけど
好きに自由に描いて良いと言われたので
好きなように思い付いたまま描きましたと提出
そしてこの私の感覚は
好きにつくれない、かけない子には
とてつもなく凄いことに映るようで
凄いよね
すぐ思い付いて
すぐ作れて、すぐ描けて
スゴいよ
そんな風に言われることが、多かった。
そして最近も

ネットで流行ったモノを勝手に好きに作成したのを
立体に出来るのを凄いと言ってもらい嬉しかった。
けど
これだって別に凄くない
なにも凄いことはない
簡単なモノしか立体化出来ないしね私
針に糸通せて縫う工程が出来る人なら誰にでも出来る。
好きに作って良いものほど
簡単だと思う
こんな風にしないととか
縫い方はこうじゃないととか
そう言うのが大嫌いな私は
好きにやれることが楽
誉められると嬉しい
作ってみて良かったとも思う
でも
凄いって言われる度
スゴいことが1つもないから
少し申し訳ない気持ちにもなる
本当に
凄くない
だから
その評価をもらうに値しないのに
受け取っていることに
しんどくなることもある。
巾着やがま口とかもそう
下手だけど作る
使いやすそうと誉められると嬉しい
凄いって、言われると型紙ありゃ誰でもやれますよってなってしまう
性格があんまり良くないから
ごめんなさい
自分を凄いと思えないせい
その人達は本当に思っていってくれてるんだって
分かってても
どうしても劣等感が消えない。