今回の画像は2021年に京都府立文化芸術会館で小川敦子作「七転罵倒」の舞台写真です。
後述のサメが空を泳ぐ画像の方が良いかとも思いましたが、小道具が面白く使われているのはこれじゃないかと。
演出として僕は多分、小道具が多い方である。
列車の話なのに、普通に会話劇なのに、背景に銀河鉄道の夜があるからと言う理由で2016年の平田オリザ作「思い出せない夢のいくつか」では、空飛ぶサメを浮かばせた。ヘリウムガスでラジコンのように飛ばせるのだが、こないだようやく処分した。
そんな風に家には小道具がたくさん残っていて、よりシンプルな生き方をしたい、とミニマリストのようになってきていていろいろ片付けてはいるけれどもまだまだある。
どうしてそんなに小道具を使うのかというと、一つは観ていて飽きてこられないか,と心配があるのと、
やっぱり俳優として小道具があると面白いだろう、俳優がどんなふうに遊ぶだろう、と思うからだ。
では,小説ではどうか。
やっぱり何かあればそれについて描写できるし、高校の授業でも課題で出していたけれど、腕時計ひとつ、メガネ一つでキャラクターが深くなっていく。
どんな人物なのか、どうしてそれを手に入れたのか。
もらったのか自分で選んだのか、本当にいろいろ考えられるのが楽しい。
いまだに仕組みがわからないので自分ではできないのだけれど、お笑いの大喜利のような感じで、
どうしてそうなのか理由が奇想天外なのが思いつければ思いつけるほど、楽しいものだ。