ブランドショップで働くあなたがお客様から一生お付き合いがしたいと言っていただける、ショップスタッフ養成講座 -30ページ目

ブランドショップで働くあなたがお客様から一生お付き合いがしたいと言っていただける、ショップスタッフ養成講座

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お客様もあなたもショップでお会いするのが楽しくなります。
今、売れていなくても大丈夫。必ず売れるスキルが身に付きます。
このブログ講座で再確認しましょう。

ICU(集中治療室)入りました


2001年1月28日


下半身には空気圧で足全体をマッサージする器具がついてます

口には酸素マスク、鼻から管が、腕から点滴数種がぶら下がっています

もう一つ下半身自体(尿管?)からは一本の管がつながっています


絶対安静と言われる状態です

2週間このままの状態が続くことになろうとは ・・・トホホ


翌日には面会が・・・

母親は微笑んでいましたが、父親はなぜか涙ぐんでいました


(なぜ?も、もしかして俺って危ないの(。>0<。))


危なかったんでしょうね(=◇=;)きっと

手術前に看護士さんから書類を一枚渡されました

「普通はありませんが出血多量などの緊急事態などが起きたら

輸血されますので、一応サインお願いします」・・・   と


一応レベルならと、気楽にサインしましたが、まさかねぇ

手術二日後の朝には輸血が始まりました

(うわ~、予想外だ。いよいよ知らない人の血が入るわぁ((((((ノ゚⊿゚)ノ )


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゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


でも、これで助かったんですよねチョキ

経過がどうであれ、今、生きているということは・・・

あれから8年経過した今のほうが、術前よりもむしろ健康!?

昨年春の検診でも、成人病などの心配は一切無しとのこと

他人さまの血が効いているわグッド!ありがたいです


゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


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売店どころか、トイレにも行くことすら許されない安静の指示

ベッドに横たわりながら、何度も排泄トライしましたが結局できず

大部屋に移る日にようやく起き上がることの許可がでました


2週間ぶりのトイレです

空腹は辛抱できても、トイレは辛かったですよぉ

正直、感涙しょぼん歓喜チョキドンッ


結果、出てきたものは、大量の血液でした(手術時のものでしょう)

考えてみれば当たり前ですね。2週間は点滴のみの栄養補給

手術前には下剤の投与でお腹の中はすっかりカラッポですから


ICU出てからは動きましたよ

それまでの分も含めて、病院中歩き回りましたよ

一日でも早く出ないと・・・

本当に病人になってしまうって・・・・・十分、一人前の病人でしたが



その後の入院生活で得た教訓

今でも心にきざまれています


失くしたものを嘆くより残っているものに感謝




日本医科大学多摩永山病院にて


2002年1月28日


AM9:00 手術開始


医師:「体力ありそうですね、大丈夫ですから(´0ノ`*)」


    と、お褒めの言葉をいただく・・・これってどうよはてなマーク


なぜか、オペ室には ”浜崎 あゆみ”さんの曲が流れてます。


私:「このBGMはどいう意味でヽ(*'0'*)ツ ?」


看護士:「先生が執刀しやすいように、先生のお好きな曲が流れてます」って!!


私:「(オイオイ、だったらラップ好きの先生の時にはラップが流れるんかい?)」

    ・・・とは聞けず

  「そうですよね~。そのほうがスムーズに進みますよね」


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


あえて、ここで経験のある方にお聞きしたいです

本当に手術中に医師の好きなBGMが流れるのでしょうか?

もちろん、いけないと言っているのではありません。素朴な疑問です

8年経った、今でも不思議に思っています


ちなみに、参考情報として

手術の時に、マスクを通して麻酔薬を鼻から嗅ぐことになるのですが

小児科の場合は子供たちからリクエストを聞くのだそうです


①バニラ風味

②ストロベリー風味

③チョコレート風味


これは、本当です。   聞いてみないと、経験してみないと、いろいろ

あるものですねぇ(@_@)

少しでも、小さい子供たちの気持ちを和らげようと努力しているんですね


ちなみにその時の私は無味無臭の麻酔薬でした(当然か・・・)


▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


看護士:「3~4時間で意識がもどりますからねぇ、それまでね」


私:「では、よろしく、おねが・ ・ ・右下矢印グッスリ・・・」


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   ↓     ↓     ↓     ↓


看護士:「大丈夫ですかベル大丈夫ですか携帯?」

医師:「気が付きましたね目 、もう大丈夫です」・・・


今、思えば何が大丈夫だったのかな?

助かりましたよってことだったのかな?


私:「ありがとうございます。今、何時ですか?」


看護士:「夜の7時ですねp(^-^)q 」


私:「(モウロウとしながら、数えてました。10時間の手術かい!? )」


かなりたちの悪い性格・・・いやいや病巣だったのでしょう

2週間で退院のはずがICUだけでも2週間


私の知っている入院経験のある人達でも

なかなかいませんよ   10時間の大手術 2週間のICU病院


よっぽど馴染みが良かったんでしょうね


とは言え、二度と経験してはいけません


その中で、どれだけ前向きになろうとしたことか

真剣に生きるということに取り組みましたぁ


鍛えられましたよ\(^_^)/

2010年2月13日


今日の東京は小雪まじりの寒い日です

小雪といえば「不毛地帯」の小雪さん・・・・

やっぱりきれいだなぁ

ハイボール好きの私としては是非一度軽く一杯を


と言うことで、本日は定期健診に行ってまいりました

日本医科大学多摩永山病院です

2001年からず~とお世話になってます

いつも暖かい対応ありがとうございます


それにしても、もうかれこれ30回近くはしているはずの

胃の内視鏡検査(。>0<。)

これだけは、いつ、どこでしていただいてもなじめません

鼻からの内視鏡もほぼ無痛であるそうですが・・・


内視鏡と言えば・・・


2001年のイブに私の「まさか」を発見してくださったのは

東邦医科大学(オフィスの近くでした)の先生方です

あれよあれよという速さで年明け検査入院、手術日程まで

決まってしまい


医師:「安心してください。腹腔鏡手術の施術事例は豊富です」

私:「あの~、手術をしない=切らないという選択は無しですか?」

医師:「今はこれが最良の選択です (キッパリ (^_^)v ) 」

私:「申し上げにくいんですが、セカンドオピニオンを・・・」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 

 

 主治医に対してセカンドオピニオンを求めること・・・

 聞く先生によっては「私を信用してないのですか?ヾ(▼ヘ▼;)」

 と思われてしまいがちなこと

 そりゃそうですよねぇ・・・他の医者に診断結果や治療方法が

 正しいかどうか聞きにいきますと言ってるようなものですからね

 

 経験のある方はそんなにいないと思いますが(;^_^A

 かなり、勇気がいるかもしれません・・・と言うより

 勇気いりました 


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


医師:「いいでしょう(´∀`)、カルテも写真もすぐに持ち出せるよう

    手配しましょう(*^ー^)ノいつでもどうぞ」

私:「ヾ(@^▽^@)ノ」・・・(すばらしい先生だわ)


     ↓     ↓     ↓


日本医科大学多摩永山病院(少し自宅に近い)にて


医師:「ご紹介された先生方の診断には間違いありません

    画像もきれいに撮れています。

    むしろ、この位置でこのレベルのものを発見して下さったことに

    感謝されてもよろしいかと思います。奇跡的です

    私たちも感心しています(@ ̄Д ̄@;) 」


私:「ありがとうございます。早速、お礼を

   ただ、入院、治療はこちらでお願いします」

  ( たしか、こちらも2週間で出られるんだったよな(-^□^-) )


サラリーマン・・・いやいや


ビジネスマンの教訓


キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!?と思ったらすぐ検査


ついついお手軽に大○胃散や正●丸、バ▲ァリン、◆ブ等に

頼りますよね・・・それ普通ですo(^▽^)o


でもですね、「いや、いつもと何か違うな叫び?」という感じ

これ、大事です。ほんの少しの違い


誰にもわかりません。親にもわかりません。他人にはすぐに

医者行きなさいとか言うくせに自分では行かない


思い当たりますよね? ダメですよヽ(`Д´)ノ

何にでも気付きが重要かと・・・


私もそうでした。でも「いや、いつもと何か違うなむっ?」と


行ったからこそ今日がありますだから明日もあります


愛する人達のため、いなければこれから愛する人のため、

お世話になった人達、そして何よりも楽しい毎日を過ごす自分のため

心身ともに健康でいなければいけません (いかん、説教じみてきた)


ではでは、さてさて 


楽しい明日を迎えるために、これからどうして行きましょうか


2週間の予定だった入院生活が2ヶ月の長期滞在に延長です

入院生活が楽しいから伸びたはてなマーク


「入院生活ですら楽しみなさい」 と教わりました・・・へ




重なる「まさか」


2001年12月25日 クリスマス


前日のクリスマスイブに人生最大級の「まさか」の宣告を

味わった私ですが・・・


東邦医大にて   (見つけていただいて、ありがとうです


     ↓     ↓     ↓


医師:「2週間で退院できますよv(^-^)v会社はお休みを

取っていただかないといけませんね」


私:「2週間ですか?(学生時代の夏休み以来だな(;^_^A)」


医師:「すぐに休暇を申請されたほうが宜しいかと・・・」


私:「じゃ、長めの冬休みでごまかします」


医師:「それは無理でしょう!健保から分かってしまいますよ」


私:「体力だけが自慢でしたからねぇ。言いにくいなぁ」


医師:「ご自宅はいかがですか?」


私:「母親が高血圧ですからね。その知らせで倒れるかも」


医師:「身内はごまかせませんよ」


私:「(><;)ともに大げさにならないよう上手く説明しますわ」


     ↓     ↓     ↓


ところ変わって、翌日クリスマスのオフィス


さて、上司の営業本部長に休みの相談を・・・と


思っていた矢先に、何やらあちらから、お声が・・・


本部長:「来年から営業部から、宣伝部へ異動してもらうから(^-^)/」


私:「(  ゚ ▽ ゚ ;)?」 「異動?まさか営業命の俺が・・・宣伝部?!

 心の叫び 「 Y(>_<、)Y イブに宣告、クリスマスに異動かい(/_;)/~~」

          



「神様、なかなかどうして、試してくれますねぇ。おいらの根性」


しかし、この神様の根性試しがあったからこそ・・・


今、思えばこの宣告があったからこそ、人事異動にも素直に従え、

人事異動があったからこそ、手術・入院も速やかに運ぶことができたという

運命的なタイミングでやってきたものでした


後から気が付くんですよねぇ(気が付いただけでも、偉かったか)


人事異動に感謝 / 入院に感謝


今、生きているのもこの二つが重なったから


そして、翌日からは


主治医に感謝 / 看護士に感謝です











2001年12月24日クリスマスイブ


宣告(忘れられないイブ)


人生っていろいろなものに例えられますよね

人生・ ・ ・人生って・ ・ ・人だから人生


よくTVで動物の一生ストーリーみたいなのがあるけど

犬の人生とか猿の人生とか言わないですよね

犬生? 猿生?って言うのですかね


まあ、それは別にして

人生とはマラソンのようだ、山登りのようだ、大木のようだとか

例えられます


その人生には山あり谷ありとかも言われますよね


そこで、知っている人は知っている  ってこれも当たり前か


人生で味わう「3つの坂」

上り坂:1つくらいはありますよね・・・試験受かりましたとか、昇進したとか

下り坂:いくつもあるなぁ・・・彼女にフラレたとか、見事不合格とか

そしてもう1つの坂:そう、あの坂です。あの坂。 「真坂」・ ・ ・「真逆

という奴   そうそう「まさか」という奴です


予期せぬ時に予期せぬ所で予期せぬ出来事(だからまさなんですよね)

この「まさか」・ ・ ・いざ来てみると相当こたえますよ


↓       ↓       ↓


2001年12月にいわゆるサラリーマンの検診

慌てることもなく年明けの検診結果待ちのはずでした。 あくまでもはず。


2001年12月24日クリスマスイブの朝

担当医師からの直々のTEL


医師:「今日これから来れますか?」

私:「?・・・急ぎですか?」

医師:「急ぎです!」

私:「と言うことは何かあったということですね?」

医師:「・ ・ ・ 」


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*1時間後☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


医師:「大丈夫ですか?」

私:「(大丈夫ですか?って)まさか、私が!!」

医師:「年明けにはすぐに入院・手術のつもりでいて下さい}

私:「(よりによってイブに宣告で、いきなり手術かい!)・・・はい」


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*     ☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


昔の人はよく言ったもんですね

「備えあれば憂いなし」って


古いCMにもありました

「まさかのための○亜火災~」

「入っていますかJ●Fに」  って


今の「ネコとアヒルが力を合わせてみんなの幸せを~音譜

みたいにほんわか~ではなく

昔のCMは、なんか人の不安に訴えていましたね

(お~、さすが宣伝マン)


この時やっと気が付きました

あり得ない事なんてあり得ない


良い事も悪い事も、どんな事もあり得る」と

それから、やがて、もっと素晴らしい事に気がつきます


いや、気付き始めました


どんな出来事も事実は変えられない  でも・・・

その解釈を良くも悪くも変えるのは自分の解釈だ」 という事を


初めての手術、初めての入院生活

ここから始まりました


いい歳してても変われる見本ができました

今もこのとおり生き続けています


超ポジティブシンキングの始まりです