ICU(集中治療室)入りました
2001年1月28日
下半身には空気圧で足全体をマッサージする器具がついてます
口には酸素マスク、鼻から管が、腕から点滴数種がぶら下がっています
もう一つ下半身自体(尿管?)からは一本の管がつながっています
絶対安静と言われる状態です
2週間このままの状態が続くことになろうとは ・・・トホホ
翌日には面会が・・・
母親は微笑んでいましたが、父親はなぜか涙ぐんでいました
(なぜ?も、もしかして俺って危ないの(。>0<。))
危なかったんでしょうね(=◇=;)きっと
手術前に看護士さんから書類を一枚渡されました
「普通はありませんが出血多量などの緊急事態などが起きたら
輸血されますので、一応サインお願いします」・・・ と
一応レベルならと、気楽にサインしましたが、まさかねぇ
手術二日後の朝には輸血が始まりました
(うわ~、予想外だ。いよいよ知らない人の血が入るわぁ((((((ノ゚⊿゚)ノ )
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でも、これで助かったんですよね![]()
経過がどうであれ、今、生きているということは・・・
あれから8年経過した今のほうが、術前よりもむしろ健康![]()
昨年春の検診でも、成人病などの心配は一切無しとのこと
他人さまの血が効いているわ
ありがたいです
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売店どころか、トイレにも行くことすら許されない安静の指示
ベッドに横たわりながら、何度も排泄トライしましたが結局できず
大部屋に移る日にようやく起き上がることの許可がでました
2週間ぶりのトイレです
空腹は辛抱できても、トイレは辛かったですよぉ
正直、感涙
歓喜![]()
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結果、出てきたものは、大量の血液でした(手術時のものでしょう)
考えてみれば当たり前ですね。2週間は点滴のみの栄養補給
手術前には下剤の投与でお腹の中はすっかりカラッポですから
ICU出てからは動きましたよ
それまでの分も含めて、病院中歩き回りましたよ
一日でも早く出ないと・・・
本当に病人になってしまうって・・・・・十分、一人前の病人でしたが
その後の入院生活で得た教訓
今でも心にきざまれています
失くしたものを嘆くより残っているものに感謝
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