ふと、「自分とはなんだろう」と考えたら、出口のない思考回路に迷い込んでしまいました。
物理的、生理的な存在としての自分もあるのですが、一番分からないのは自分を自分だと思っている部分。
これは、脳の信号のなせる技なのか、信号を発する前に何か魂のようなものが存在していて、それが自分の思いや行動を決めているのか、考えればきりがありません。
いやいや、
デカルトの「我思う、ゆえにわれあり」(cogito, ergo sum/コーギトー・エルゴー・スム)まで入り込むつもりはありません。
最近の仕事で「ブランド」というものに深く関わることが多くなり、会社や取扱商品の名前について考えていたら、その延長線上で、「自分をブランドという観点から見たらどうなの?」と思ったのが、ことの始まりでした。
ブランドには「約束」があります。
このブランドは「自分の○○を満たしてくれる」
そう思うからこそ、お客さんは繰り返しそのブランドを購入してくれる訳です。
それでは見方を変えて、「自分や周囲や社会に対し何を約束する存在なのだろう。」と考えたら、約束と言えるほどにしっかりした考えもなく、時間を消費しているように感じて、ちょっとショック。
まぁ、そんな面倒くさいことを考えずに、心のままに過ごしていったほうがよっぽど自分らしく振る舞えて、それがブランドになるのかもしれないことは分かっているんですけどね。
あれこれ考えすぎて、結局言いたいことも言えず、それを無理に飲み込んでしまっては、やはり人生もったいない気がします。
そもそも失うものが怖いからあれこれ考えてしまうので、それが何かがすっきりすれば、この迷路の出口は見えるはず。
すっきりするために、今日はこれから皇居ランに向かいます。
暑くて焦げちゃうかな。
じゃ!