「ローマ人の物語」文庫本で32巻まで読了しました。
8月はいろいろと本の浮気をして、ローマ話は読んだり読まなかったりで一か月ほどかかりました。
歴史は史実を分析するからこそ、その時のローマが「どのようにして衰退してゆくのか」という視点で読むことができます。
しかし、当時の市民や元老院議員や当の皇帝には、そのようなことは分かりません。
その時々で、最善であると考えた策の積み重ねが、結果的に衰退につながっていったということが、後からわかるだけです。
この32巻の扱う3世紀のローマは、ローマがローマであるために必要な「市民」と「軍事・防衛」に対する施策を変形するところから始まります。
属州民も含め全てにローマ市民権を与え、周辺国との戦争も戦略なき講和で納めようとする皇帝カラカラ。
先帝セプティミウス・セヴェルスの息子で23才で皇帝の座に就き、6年後に謀殺されてしまいます。
一見民主的なこの施策が、税収や国防のための抑止力にまで悪影響を及ぼすとは誰も考えなかったことでしょう。
しかし、税と国防という2点で従来の帝国運営を変質してしまったローマは、確実に自己再生能力を失ってゆきます。
帝政の始まった1世紀には128年間で皇帝が9人。
2世紀には113年で皇帝は6人
しかし、3世紀は73年の間に皇帝が22人。
しかも、というか当然というか、そのほとんどが謀殺、戦死、獄死で政権を交代させています。
まさにその政局の不安定さが、大帝国の体力を下げてしまい、降りかかる問題への対策を本質的に改革するのではなく、対処療法でしかできないようにしてしまったのです。
帝国指導者の質の劣化
蛮族の侵入の激化
ササン朝ペルシアの台頭
経済力の衰退
知識人階級の知力の減衰
キリスト教の台頭
そのどれもが、ローマの国力をしわじわと弱めてゆきます。
さて、目を現在の日本に向けてみましょう。
政権交替を果たし、様々な公約を掲げた民主党政権。
これからの政策は、百年、二百年先に日本に何をもたらすのでしょうか。
子供手当の一律支給、高速道路無料化など財源があれば、やってしまっていいものなのか。
なにやら、理想論とポピュリズムに陥って最終的に身動きが取れなくならなければいいのですが、心配です。
32巻も読んでいると、著者の領域には達しませんが、同じようなものの見方をするようになってしまうものです。
「どんなに悪い結果に終わったことでも、それが始められたそもそもの動機は善意によるものであった。」
これはユリウス・カエサルの言葉で、このローマ人の物語の中で何回も出てくる言葉ですが、まさにその言葉を思い出さずにはいられません。