本の浮気です。

これまで塩野七生の「ローマ人の物語」を文庫本で29巻まで読んできましたが、さすがに半年以上こればかり読んでいると、少し考え方が偏るのではないかと思い、他の本が読んでいます。


半パン・デイズ(重松清)


時代は、1960年代半ば。

主人公の矢沢ヒロシは幼稚園を出ると同時に東京から父親の生まれ故郷の中国地方の一港町に引っ越します。

幼稚園時代の友達もいません。言葉遣いも全然違う不慣れな土地での小学生生活のスタート。

地元のやんちゃ坊主や周囲の大人たちとの関係は一人っ子のヒロシには最初、相当なストレスだったと思います。

話は決して爽快なものではなく、1年生から6年生になるまでの彼の心の中を正直に映し出した分、余計に同時代を生きた自分としては身につまされる思いで読みました。


名古屋から三重県の津にある小さな小学校に3年生の春に転校した時、まさにボクはよそものでした。

一学年ひとクラスしかない学校ですからすでにクラスの中には友だちのグループがいくつかあって、どうしたらいいのか悩んだりもしました。

秘密基地を作ったり、自転車で親に黙って遠くの町まで意味もなく行ったり、仲たがいして仲間外れになって寂しい思いをしたり、本の中でも同じ景色が繰り広げられ、読んでいて不思議な感覚を覚えました。


あの時自分はひとりで悩んで生きてきたような気になっていただけで、みんな同じように生きてきたんだということが今更ながらに分かって、忘れかけていたあのころのほろ苦い気持もなんだかとてもいい思い出にしてくれました。


たぶんこの小説は、この時代にいたボクら世代にしかわからないことがいっぱい詰まっていて、年代が違うと「ふーん」っていうことになってしまうかもしれません。


その世代には別の物語があってそれぞれの世界が積み重なって時代は流れてゆく。

戦争もなく、生活の水準もよくなり、安全な生活が送れることの大切さを次につなげてゆく責任がボクたちにはありますね。