遊々的時空間往来の図 今日は「沖縄ベストソングコレクション」を聞きながら通勤。慌ただしいいつもの風景もちょっとは穏やかになるかななんて考えながらいろいろな曲を聞いていました。

涙そうそうとか島人の宝とかハイサイおじさんとか知っている歌の数々の最後が森山良子の「さとうきび畑」

2003年にTBSの特番でも流れた曲なので知っている人も多いと思います。

曲中で何回もでてくる「ざわわ」とは、さとうきび畑を抜ける風の音を表現したものですが、太平洋戦争で父親を失った少女の心の内を歌っていて、これが相当に悲しい。


沖縄の浜から見える水平線を埋め尽くすほどの船が押し寄せてきて、島を攻撃し数多くの一般人が命を失いました。

もし、自分がそんな瞬間に立ち会ったらどう思いますか。

僕たちの両親はかろうじて戦争を知っています。でも僕らは知らない。

戦後高度成長期の中で育った20世紀少年は、テレビがカラーになり、扇風機がクーラー(エアコンではなく)になり、はじめて買った自家用車も中古でしかもローン。でもどんどん生活が便利になってゆくのを実感しながら生きてきました。


これから先に地球温暖化や新型インフルエンザ、少子化、宗教テロなどの恐怖が大きくなって、僕らの子供たちの時代は先の戦争とは全く別の閉塞した社会が待っているのだとすれば、もしかしたら僕たちは偶然平和な時代に生まれてきたのかもしれません。


今の世の中、事故や病気で命を失うことはあるけれど、戦争は、命を失うことを前提にした世界です。

好きな人、大切な人が戦争で命を落とすことは十分にあり得るわけです。

そこまで犠牲にして守るものとは、何なのでしょうか。


戦争の時代に生まれ、何の罪もなく死んでしまわなければならなかった人たちがほんの60数年前にいたという事実を私たちは忘れてしまっている。

それは、ただ忘れてしまっているのか、「忘れたい、忘れたい」と思ってようやく忘れてしまったということなのか、どちらにしても、もう一度戦争ということを正面から考えてみる必要があるのではないかと思います。


1945年夏。あのナハマラソンで走った南部から見える海。やさしく近所の家族が応援してくれた沿道のわきに広がるさとうきび畑。これまで、ただただ面白いと思っていた沖縄は、本当につらい思いを経験しているのだということをこの曲は教えてくれました。


21世紀に入り、僕たちは戦争で命を落とした人たちに「安らかに眠ってください」と胸を張って生きているのでしょうか。