島崎城が「竜巻城(たつまきじょう)」と呼ばれる理由には、いくつかの説や伝承が伝わっています。

以下に代表的なものを挙げます。

 

🌀【① 風の地形説】

島崎城の立地は、潮来の湿地帯と台地の境目にあり、
海風・湖風・川風が交錯する独特の地形でした。
このため、古くから「風の巻く所」とされ、
強風やつむじ風(竜巻)が頻発したといわれています。
この自然現象から「竜巻城」と呼ばれたとする説です。

→ 特に「霞ヶ浦からの南風」「北浦からの東風」が交わる地点にあり、
風が渦を巻くように吹くため、地元では「竜巻ヶ丘」「風の城」とも呼ばれました。


【② 軍記・戦伝承説】

島崎氏が長山城を夜襲した際
夜半に突風が起こり、火の粉が渦を巻いて敵陣を襲ったという伝説があります。
これを見た人々が「竜巻の如き奇跡」「竜神が味方した」と語り、
その後「竜巻城」と呼ばれるようになったとも。

→ 『島崎盛衰記』や『島崎由来記』の伝承では、
「竜巻の如く押し寄せた島崎勢」と記され、
勢いの比喩からも“竜巻城”の名が広まったと考えられます。


 🐉【③ 霊的・信仰的説】

城の鬼門(北東)に「竜神」や「水神」を祀った祠があり、
これが「竜巻(たつまき)」=「竜神の舞う地」と結びついたとする説です。
周辺には「竜ヶ崎」「竜ヶ淵」など類似地名もあり、
古代の水神信仰が背景にある可能性もあります。