今年は『フロントミッション3』は22周年です。


今回の記事内容は短めですが、人間を滅ぼそうとしてしまったアリサ編と違い、エマ編のルカーヴが「人間は悲劇や悪夢を繰り返す悪いことばかりしないで欲しい」と想いながら踏みとどまって行動できた「哀しい魔王」となることができたのは、和輝の

仲間だろ。見捨てられるかよ

という返答があったからこそ、和輝の仁義礼智信と惻隠の情に触れることができたからだと考えながら綴りました。









最近の『フロントミッション3』に関して私は、エマ編の最終決戦にて、逆上し怒り狂うルカーヴと、正しく返答した和輝、2人を見て亮五とデニスは何を想ったのだろうか…と。










『フロントミッション3』を読み解く上で気を付けなくてはならないことは、『フロントミッション3』は『ガンハザード』には無い要素が隠されていることです。



特に判りやすいのは、終盤の沖縄海洋都市は基本的に地下へ進んで行くのに対し、『ガンハザード』のアトラスは上へ進んでいくのは『フロントミッション3』は『ガンハザード』とは数少ない明確な対比となっており、物語の類似性から読み取れることは、

軌道エレベーター・アトラスと沖縄海洋都市の地下部の差異はセフィロトとクリフォトの関係のメタファー(暗喩)であり、ガンハザードで善の尊さを多く書いた上で、フロントミッション3では人間の負の普遍性を多く書くことで、二作を照らし合わせることで我々の存在について深く重く問い掛けています。




また、アトラスと沖縄海洋都市の相違点から転じて、ある意味では亮五は小説版『ガンハザード』(著:山口宏)での本音を隠して生き続けたレロスに似た「匂い」を物語上で時折感じさせ、デニスはルカーヴをどう想っているかの描写があまりないことから『ガンハザード』のジェノスを気にし続けたルークの、「もしも」に近い立ち位置の存在だからこそ、『フロントミッション3』に込められた真意を気づけるようになっている。






少なくとも、「覚醒した」と言っても差し支えない和輝の変化と、和輝と伊佐夫に対し「魔で応じてしまった魔王になった」ルカーヴ、これは今までのフロントミッションシリーズの物語の歴史を通すことで他者の怒りや憎しみを甘く見るなと、亮五とデニスの視点から我々に訴えていることだけは確信できます。







 


2年前に書いたこの拙い出来の二次創作小説の設定に関して述べますと、和輝のゼニスにはハンドロッドがどの主人公よりも似合うことから転じて、武村和輝=剣道家というのが私の彼に対する印象で、剣道防具を着装した武村和輝を夢想することもあります。