2019年1月    3学期が始まり、数日が
経ち、ある日の朝 娘が「なんか怠い」


熱を測ると 38度5分。風邪でも引いた
のかと、休みませた。午後になると平熱。

食欲は普段とおり。元気回復。

翌朝、「なんか怠い…」熱を測ると38度
他に風邪の症状はなく。様子を見ることに


夕方頃には平熱。元気回復。
翌朝また、体調不良を訴え、発熱。

その後、病院へ受診


医師「特に風邪の症状はないね。ん…熱
だけね。様子見て、また続くようなら
受診して。」病院終わる頃には、平熱に

戻り、元気回復。  翌朝、体調不良を
訴える娘…体調が落ち着くまで、休ませ
よう。と。1週間 休み、熱も平熱に


戻ったから 大丈夫かなと。

週明けの朝、娘は 体調不良を訴える
熱を測ると38度5分。夕方前には平熱に
戻り、元気になる。そんな状態が10日程


続いた ある日の夜、娘は泣きながら突然
私に「学校にもう、行きたくない…
行かなきゃダメ?」そう言うと号泣し
始めた。私は 「明日ゆっくり話しを聞く
から、今夜は寝よう。」


娘が寝たあと、私の思いは先ず
学校に行きたくないと号泣して訴えると

言う事は、相当、我慢してきたんだな…
私自身も、登校拒否していたし、気持ちは
凄く分かるなぁ… そう思いました。

ふと、子供が学校に行きたくないと言った
時、どうしてあげるのがいいのか  と

専門家の意見に、興味があり、その夜
調べてみた。何件かの専門家の意見は

「子供が学校に行きたくないと、言って
きたら、無理に行かせなくていい。」


予想外の言葉が多く、驚いたのを覚えて
いる。なぜなら、世間的には無理して
でも、行かせるイメージが強いからです



娘が学校に行きたくない理由は、同級生
からの言葉の暴力と、仲間外れなど
でした。虐めです。


娘は 心の障害を持っているのが小6の秋頃
に、分かり(話すと長いので、ここでは
省略します)虐めの要因に繋がるのは

心の障害でした。少し珍しい障害なので
専門の医師も、かなり少なく当時、病院を


探すのが 大変でした。

ちょうど2019年1月の月末頃に心の障害
での病院受診の予約が、あり 主治医に
不登校に、ついて聞いてみたんです。

その前の経緯を主治医に、話した時に
主治医は まず、体調不良の原因は

「心因性発熱だね」 私は、初めて知りま
した。手短に説明すると、辛いことを

我慢、抑圧したそのストレスが発熱や
体調不良として、表れる。

心の叫び…助けて…心のサイン

その時  私は、気付いてあげられないこと
に、申し訳なく思いました。


主治医に私は 「体調不良になってまで
学校に行かなければ いけないとは
私自身は、思ってません。このまま
不登校になったとしても、それが問題
だとは、思いません。先生は、どう
思われますか?」


そう言いました。主治医は
「そうですよ。先ずは、身体が一番、大切
。同時に心も大切。その両方のバランス
が、取れなくなるような無理なことは

しない方が、いいですよ。私の所にも
不登校の小学生から高校生まで、来て
るけど、ゆっくり気の済むまで休みなさい
と、言ってますよ。」

主治医の言葉も 私は、意外だと思いま
した。娘も、主治医から無理に学校に

行かなくても大丈夫だよ。ゆっくり
とにかく休みなさい  と、思いがけない

言葉をもらえ、表情が緩みました。

夫は、不登校はよくない  と言う考えが
当時は あり、同居している私の母親も

不登校なんて!と言う考えなので
説得するのに、疲れるなぁ…なんて 笑
思っていました。

私は何より娘の気持ちを理解し、一番の
味方で居てあげたいので、先ずは、夫と

私の母親を何日か掛け、不登校に対して
理解してもらえるように、説得し続けたん
です。

そして、娘に余計なことは言わずに温かく
そばで、見守っていてほしいと同時に
家族に お願いしました。


数日掛け、ようやく100%と までは
いかず だったけど、大まかな理解は
得られました。

それから、娘と学校に行かない日中の
過ごし方の予定を立てたり、気分転換に

私と出掛けたり。当時、担任の先生も
理解をしてくれて、放課後、誰も児童が

居ない時間に、来て30分でも一緒に
勉強しよう  何か、楽しくお話ししよう


担任の先生のお陰で、当時、週に2回程
放課後、私と2人で学校に行きました。

長くなると途切れそうなのでNo.3へ
続きます…