~続きです~
娘は 学区内の中学校には、行きたくない
と、訴えるので、間取りも狭いし少し
広い所に、引っ越せたらとも思っていた
ので、同じ市内のかなり離れた場所に
引っ越すことを決めました。
娘は、当時「卒業式には絶対に出ない
からね。」強い決意のようでした…
無理矢理、連れ出し、卒業式で体調不良
に、なったりして、最悪な卒業式だった
そんな思い出に なってしまう位ならば
家で卒業式をしよう。そう思ってました
当時、娘は不登校になり、体と心は
どうなったかと言うと、明るく元気に
なりました。娘は、自分の様々な思いを
私宛に 手紙を書いてくれました。
家族みんなで理解してくれて
ありがとう。どんな時も私の
味方で いてくれて、ありがとう。
学校に行きたくないと、言う前に
どんな言葉が、返ってくるんだろう…
受け入れてくれないかも…凄く怖かった
から。だから、よけいに嬉しかった。
お父さんお母さんの子供に、生まれて
本当に、良かったと思います。これからも
迷惑かけるけど、よろしくね。
私は その手紙を読みながら、涙で途中
から、文字が見えなくなりました。
それから卒業式に向け、担任の先生から
電話が、まめになりました。やはり卒業式
に、出席してもらいたいからです。
ありがたいです…
けれど、娘の意志は強く、先生が説得して
くれても、心は動かず…卒業式の2日前
担任の先生から電話で「卒業式の当日の
朝まで、待っています。けど無理な場合
は、卒業式が、終わったあと、児童が
みんな帰って居ない時間に
校長室で、卒業式をします。
是非、○○ちゃんは、おめかしして
来てください。」その学校側の気持ちに
私は、胸がいっぱいになりました。
そして、卒業式当時。娘の意志は変わらず
。行こうと試みるものの、そうすると
体調不良…
「 校長室での、卒業式は行ける」
娘は、そう言いました。
引越しを中断し、午後、校長室へ。
校長室に入ると 校長先生も教頭先生も
学年の先生も、卒業式のままの正装で
迎えてくれました。
そして娘、私、夫。3人の椅子が用意され
着席すると、校長先生が「これから第42回
○○小学校、卒業式を行ないます。」
教頭先生が、司会をしてくれ、保護者の
私たちにも、お祝いの言葉を読んでくれ
ました。
そして娘の名前を呼び、卒業証書授与を
してくれました。私は、その光景を後ろで
眺めながら、小学校6年間の娘の成長が
どんどんよみがえり、そして、不登校に
なったけど、明るく元気に戻った娘
娘の不登校を理解してくれて、娘だけの
ために、卒業式をしてくれた学校の先生
方の 、温かい思いに、胸がいっぱいに
なり、私が一番、号泣してました…
のちに先生に 一人だけの卒業式があった
のか尋ねると、娘が初めてらしいです…
学校側の温かい思いの、お陰で
一人だけの卒業式は とても印象強く
そして、娘にとっても家族にとっても
素敵な思い出になりました。学校の
先生方には、感謝です 本当に…✨
その後、春休み中に引越しを済ませ
4月から、転入という形で市内の中学校へ
娘は自分のことを、誰も知らない土地へ
行けば、気分新たに学校行ける!
そう期待を膨らませていたようです。
さあ そして2019年4月、転入という形で
入学。娘は 不安な表情と、楽しみな
表情と、少し複雑な思いで入学式を
迎えたようです。
その後、中1の一学期、二学期までは
新しい環境、転入という形での中学校生活
を、楽しそうに送っていました。
そして三学期から再び、不登校です。
なぜそうなったか 再びシリーズ形式と
言ってよいのか ですが、シェアしたいと
思います。
必要な人に 明るく希望が持てるよう
情報が届きますように…✨
読んでくれて、ありがとうございます✨