パパの思い出

私がボケて忘れてもいいように😅


パパの写真を頑張って探したけど、きっとどのご家庭も大体そうだと思う、パパは撮る専門だったから、なかなかない!!!!!

そして引っ張り出してきたのがこちら笑







パパ細ーい!!!!
私とお姉ちゃん、お揃いのジャージでなんか可愛いラブ

でも、何故にジャージ??
グリー牧場だからって、アクティブ過ぎない??
別にいいけどタラー


こちら、恐らく私が挙式する時に、お越しくださった親戚の方々に見て頂いて、談笑してもらう為にアルバムを作ったのだけど、その時に実家から持ってきたもの。


私の中でのパパは、とてもお洒落なイメージキラキラ

ハンチング帽が好きで、コレクションがいくつもありました。
私はパパがいない時にクローゼットを覗いて、ハンチング帽を眺めるのが好きでした。
(この時点でちょっと変わってた??)


しかもこのハンチング帽、私が無くしたガーン

これだけじゃなく、パパのコレクション、全部無くしたらしい滝汗

私が小学生の頃、学芸会か何かの劇で何故かハンチング帽を被り、これまた何故かクラスメイトにも貸して戻ってこなかったらしい…。
全部返したつもりでいたけど、大人になってから

「さよはお父さんのハンチング、全部無くしたんだからな〜」


なんて言われて、初めて知ったゲッソリ
 



お次はお写真なしですが、中学生の頃位だったと…。

絶対に忘れたくないエピソードおねがい



車にパパ(運転手)ママ(助手席)私(後部座席)に乗って自宅に帰ってる途中かな?

途中、反対側に郵便局があって、車は信号待ちをしていたのでその隙にポストに投函してくる、とママはぱっと車から降りて走りました。

と思ったら止まってる?
あ、歩行者も信号待ち…

右に横断歩道を渡り、直進の横断歩道を信号待ちしてました。
でも、全く車は来ておらず、普段からあまり車が通っている感じじゃなかったのですが、律儀に待っているママ。


それを私とパパはじーっと見てて…

ふとパパが



「なっ?お母さん、ちゃんと守るんだよ。ああいうところがあるんだよ」


と、何故か得意げに言いましたニヤニヤ

あの頃はなかった言葉だと思うけど、これぞドヤ顔でニヤリ


それを聞いて、見て、

あぁ、パパはきっと、ママのこういうところが好きなんだなぁデレデレ

なんて感じましたラブラブ



恐らく私は、ママのこういう真面目なところと、パパのひょうきんなところをうまくブレンドして遺伝されたのではないかとキラキラ


小学低学年の頃はまだ血液型を知らず、みんなによく、私は橋の下から拾われてきたんじゃないか?なんて言われてましたがタラー

大人になると分かる、この遺伝!!



まぁ、それより顔を見れば一目瞭然なのだけど😅


だってこの耳、この目、間違いなくパパのものですから笑




小さい頃、それこそ幼稚園くらいかなぁ?

お父さんに似てるね、って近所のおばさんに言われると必ず


「似てないもん!!パパに似てないもんっ!!」


と、捨て台詞を吐いて逃げてましたチーン



家族、親戚は勿論、近所のおばさんにまでパパに似てると言われ、本当に心の底から違う!!
と怒ってましたが笑

やっぱり大人になったら、パパに似てて良かったキラキラ

と心の底から思うのです。



あー、最期の時ちゃんと伝えてないな。
パパに似て良かったよって。


でも生前何度か伝えてたと思うから、伝わっていると思っていいかなアセアセ

四十九日ではちゃんと伝えよう!!



長くなっちゃったからこの辺にしとこう。



最後は愛犬ラテでラブラブ







バラが綺麗な季節🌹キラキラ

もう一度、みんなでバラ園やつつじ公園へ行きたかったなぁ

パパが亡くなって、不思議な出来事がありました。


〜朝の出来事〜

確か亡くなった翌日の朝、8時前だったと思うけど、掃除機の音が聞こえて…。
昨夜、明日の朝起こしてね、とママに伝えてあったので、掃除機かけながら私の部屋にも入ってきて起こしてくれるのかな?なんてまどろんでいたけど、暫くしても入ってこず、そのまま横になっていたら、姪っ子かお姉ちゃんが起こしに来たのか、何となく視線を感じて体を起こすとドアを閉める手と閉まるドアが見えました。

もしかして、私がまだ寝てたから気を遣われちゃった?

と焦って起きて一階に行くと、お姉ちゃん親子はまだ寝ていて、ママも2階には来てないそうです…


でもはっきり見たのに!!

と言うと、


じー(パパ)が、まだ寝てるん?って覗いてたんじゃない?

ガーン

まだ寝てるん?って、私にとっては8時前はまだって言うほど遅くないんですけど!?





〜夢の出来事〜

パパが亡くなって3日後の5/7、納棺の儀がありました。
何故だかこの時も、すごく堪えていたのに涙が止まらず、拭いてはまた堪えて、それが疲れたのか、皆さんがお帰りになってからの夕方、めちゃんこ眠くなりうたた寝をしました。
こんな時になんだい、私ったら…
って思いつつ…


普段からよく夢を覚えている派なのですが、この時の夢は未だにしっかり覚えてます。

まさかのパパが生き返る、という夢!!
その時のパパは、納棺技師さん?にメイクをしてもらった(肉腫のせいか癌治療の副作用なのか忘れましたが、鼻の下に割と大きめの穴が開いてて、それを隠すために厚塗りになってました)その顔で、しかもいつもの温厚でちょっと面白い感じのパパじゃなく、いわゆる厳格な父みたいな感じで生き返りました!!

それにいち早く気がついた私は、まずお姉ちゃんに

「お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!パパがいきかえったよ!!!!」

と、すごい勢いで呼んで、パパの体を起こします。
起こしている間にパパがゆっくり私に話しかけます。

「小夜、お前に言うことは…特にない。
大丈夫だから」

え!?何もないの!?そんな〜!!

と困惑していたらお姉ちゃんが来てて、すぐお姉ちゃんに何か話してます。
私の3〜5倍長く何かを話してました。

その後も叔父さんや叔母さん(パパの弟さんやお姉さん)やお姉ちゃんの旦那さんや姪っ子、みんなに何か話して、最後にママ。

私は、何もないってどゆこと?最後にもう一度聞いてやる!!
と聞くタイミングをずっと近くで待っていました。

ママとは、何となく他のみんなとは違う感じで、指で何かジェスチャーしてて、それを受けたママが笑いながら


「ふふふ、私が一人でずっと見てましたからね」


って言いながら前髪を整えました。


何話してんだろ?

と更に近づいたら、そこで目が覚めてしまいましたあせる



起きてからお姉ちゃんとママにすぐ話すと、
ママは

「よかったね〜!!大丈夫なんじゃん!!パパは心配してないってことだよ!!」

と歓喜してくれましたが、私はそんなはずないので強く違う!!と言ってしまいました。
なんたって、私は大須賀家の中で一番手がかかる、とよく言われていたので…。



夢辞典で調べると、亡くなった方がすぐ夢に出てきた場合は、その方の死を受け入れられていない場合が多いそうです。
しかし、亡くなった方が近しい存在ならば、その方が言った内容が重要になるとも。


もしあれが本当にパパだったとして、私のことはさておき、お姉ちゃんとママのことは合点がいきます。

その後色々あってお姉ちゃんが世帯主になったので、家のことを色々話していたのかな?

とか、

ママに、疲れているね、ありがとうね、というのを話していたのかな?

とか…。


そう考えると、少し悲しみも和らぎます。





でもさー、なんで私には特にないの!? 
私の夢だよー!?
なんなのさっ!!


それにまつげのおまじない、毎回してたのにさ。
コミュニケーションをしっかりとって最期の言葉が聴けますようにって。
(まつげが頬に抜け落ちてたら願い事を3回唱えてから捨てるっていうおまじない笑)

3回だかみっつだか忘れて、都合の良いように3つ唱えてたからかなぁ笑?
いや、違うな笑
ただの夢だ笑


でももうまつげのおまじないはしないぜ!!
現実でも叶わなかったし。

時間の無駄だった〜笑





先日の訃報記事の後、沢山の方々から励ましの連絡を頂き、申し訳ないと思うのと共に、とってもありがたかったです…。心から感謝致します。


それも様々な立場から励ましてもらって…

友達、親友、仲間、同じ経験をした人、元生徒、親、そんな色んな立場の方々のお話を聞けて、少しずつ心の整理が進んでいます。


こんなことをブログに書いていいのだろか?とかなり悩みましたが、結果書いて良かったです。




今は全て受け止めて、頭では分かっているんです。
が、なかなか心がついて行かず…。
そうは言っても、少しずつ整理できているようで、涙が出てもずっと泣き続けることはなくなりました!

皆さんの、多方面からの励ましのお陰だと思います。
あのまま何もしなかったら、今もまだうじうじ悲しんでるだけで、誰にも何も言えなかったんじゃないかなぁと。そのまま鬱になってしまったかもしれないなぁと思うと、どんな形でも誰かと繋がるって重要なんだなと、今回の件で深く思いました。
この場をお借りして、励ましの言葉を下さった皆さん、本当にありがとうございました!!


それにしても父親でこれじゃ、母親が亡くなったら私どうなっちゃうんだろ…?と一抹の不安を感じます😅



恐らく、いつも側で支えていた家族にとっては、衰弱っぷりを毎日見ていて、心の準備も少しできていただろうし、あの辛い様子を見ていると、もう頑張らなくていいんだよ、って言ってあげたくなる、と言ってましたが、私としては話には聞いていたけど、こんなに急に!?という感じでした。
3月の下旬、延期になってしまいましたが、元素Gさんの舞台のリハーサルで一度帰省しました。が、運悪くパパは入院してしまい、コロナの影響で病室には入れなかったのですが、一階に降りてきてたパパと運良く会えて、病院の端と端で手を振り合ったのです。ちゃんと歩いてたし、手を振り合えたことで、大丈夫!と思ってしまいました。
それが今回の帰省で見たパパは、呼吸するのも相当苦しそうで頭が軽くパニックになりました。
頑張らなくていい、というのは頭では分かっていても、私は、まだ頑張って!!明日になればきっとお薬が効いて少し良くなる!!なんて思っていました。
呼吸が柔らかくなって、私は本気で良かった、お薬や点滴が効いたんだ、なんて思ってしまい…

あの日病院に泊まれば良かった…。
もっと言ったら、
もっと早く、パパがお家にいる時に帰省すれば良かった…。
私のメールの返信をして、ってお姉ちゃんに強くお願いすれば良かった…。
電話した時に姪っ子に、じーはよく聞こえないからじーに変わっても話せないよ、って言われても、変わって貰えば良かった…。
などなど…

沢山の後悔がありますが、なんとかこういった気持ちの整理をゆっくりしていきたいと思います。


暗い気持ちを払拭するかのように…

愛犬ラテとのお散歩
バラ公園の前の花壇にて。
必死で撮って、ラテが可愛い💕と嬉しかったけど、肝心の花壇があまり写ってない…
また頑張ります!