今回もパパの思い出その2です
実は私、高校生の頃、何がきっかけだったか、拒食症になってしまった時期がありました。
宝塚音楽学校を受けたくて…
だったかなぁ?
よくよく考えると違う気がする?
確か宝塚の時ははげたから笑
恐らく2時間くらいで終わった反抗期のせいかもしれない。
反抗してみたいけど出来なくて、色々思い悩んだら食べられなくなった時期があった気がする…。
とにかくその時、お昼のお弁当を持って行かなくなり、心配した両親が、小さいおにぎりとキウイ、チキンナゲットひとつから始めてみよう、と作って持たせてくれました。
うちは、私が小学2,3年生の頃、大きな車の事故に遭い、ママは左手の中指だったかな?靭帯を切ってしまい、おにぎりを結ぶことが出来なかったので、パパがずっと作ってくれてました。
しかもそれ用に、私が好きそうな可愛いカゴっぽいお弁当箱を用意してくれて、最初は寄っちゃうくらい小さなおにぎりから始まった。それも1年生の途中から。
その後3年生になった時だったかな?
クラスメイトから
「さよちゃんのおにぎり、デカいね!?」
その時は、そう??
位だったけど、
確かに最近食べ切るのが辛いなぁ、と思ってた!!
帰宅して夕飯時に、その日あったことを話すと、
「だろ?お前、気がつかなかっただろ?
お父さんな、さよに気が付かれないように、ちょーっとずつおにぎり大きくしていったんだよ
」
あの頃はなかったと思う言葉…
ドヤ顔でした笑笑
そう言われてみれば、一つだったチキンナゲットも、2つに増えてたし、よっちゃう位小さかったおにぎりが、それまでと同じ一つは一つなんだけど、カゴの跡がついちゃうくらいぎっちぎちの大きさだったし…
なるほど、確かに気付かなかった!!
そうやって私を心身共に元に戻していってくれたんだね〜
今思い出しても、ありがたやです
その時、
「あの頃のお前は、ぎすぎす痩せちゃって、意地悪そうな顔してたよ」
て言われました
その顔を見て、少しずつ私に気付かれないように元に戻していこうと決めたそうです。
そしてその後私は昭和音楽大学の、まずは短大に行くことになります。
かいつまんで、短大を卒業しすぐ大学に学三編入するのですが、ちゃんと卒業式に来てくれました!!
同じ大学に学三編入するのに
(つまりは何も変わらない…😅)
私のピースに時代を感じますね〜笑
それに顔がまるぃっ!!
私のパパを見た人は必ずと言っていいほど、怖い系の世界の人だと勘違いします
やっぱりこのサングラスが原因なのだろうか
…??
どうやらお姉ちゃんの旦那さんも、最初に会った時、ヤバイ人かと思ったらしい
このお写真はまだ笑ってるからそんなに怖くないかな?と思いますが、きっと普通の顔してると怖いんだろうな…笑
娘からしたら、こんなに寛容で優しいパパはいないと思ってるんだけど
小さい頃は、横になってるパパの上に乗っかれば(小判鮫みたいに)大体の事は許してもらえる、と思っていた程
駄目な子供です
もう会えないだなんて、本当に信じられない…
いつまで引きずってるんだ、と思うし、同じような経験をした人達は立派に立ち直っているのに、って思うと、自分がとても情けないのだけど、仕方ない。
人それぞれなんだから。
と、思うことにしました!!
悲しみ方は人それぞれだし、立ち直る為に必要な時間だって人それぞれな筈。
なるべく自分を駄目と思わないようにしようと思います!!
〜番外編〜
私の反抗期
2時間くらいで終わっちゃいましたが
私は友達のお家に家出をしたことがあります。
まぁ、友達にけしかけられたのですが、何も言わずに家出って、両親が心配するかな?と思い、〇〇ちゃんのお家にいるから、と電話したのです。
確か帰らない、とも伝えた筈なのですが、少ししたらパパが迎えに来ました
どうしたら良いかわからず、とりあえず友達にいつものように、じゃぁね、明日ね、なんて言って車に乗っちゃいました
なんか乗るしかなかったのよね。
友達、笑ってました笑
そりゃ、家出してやる!!っなんて意気込んでたのに、2時間で終わるなんて
その後も両親は普通に接してくれて、今思えばありがたかったですが、あの頃は恥ずかしいやら、ちょっとムカついたやら、どーしてみんなちゃんと反抗出来るんだ??どーしたらいいんだ??と、悩ましかったです
つまりは反抗しなくて良かったんだと思います笑