母が亡くなってすぐ看護士さんから母をきれいにして服を着せますと言われみんなは病室の外で待ち出てきたときにはきれいな紅が塗ってありました。

病院の地下には部屋がありそこでお焼香し車に乗せられて家まで送られるのでした。

やっと痛みから解放され我が家に帰ってきた母の部屋には亡き父の写真がありやっと2人会えたような気がしました。

それからは兄は大変でした。葬儀場の人との打ち合わせや親戚の人への電話慌ただしく時間がすぎ悲しんでいる時間はなかったような感じです。

お通夜、葬儀の話しはつづきます。
外出から2日目の日曜日でした。仕事が午前中までだったのでその足で病院に向かいました。

看護士さんの話じゃ朝から急に具合がわるくなったそうで行った時には心電図がつながれていて数値をみても明らかに良くないことがわかりました。

看護士さんから兄弟や親戚呼んでくださいと言われ泣きながら電話していました。

母は自分の問いかけに答えてくれ喉が渇いたから水がほしいと言い口に入れても飲み込む力がなくなっていました。

自分と担当看護士さんがいるとき母はもういいよーと言ったのです。

みんなが集まり1人ずつ母に声かけします。心臓が何度も止まるなか何回も何回も呼びかけに応えてくたれたのです。

最後はみんなに看取られた母は優しい顔をしてしました。

母強しです。今でも母は自分の中にしっかり生きているのですから。

つづく
外出2回目母は朝早くから看護士さんに何度もまだみんなこんのけと言っていたそうです。

病室でみんなそろった所で出発です。男3人がかりで車椅子から車に乗せて母の生まれ育った町までのドライブです。

お昼はみんなでハンバーガーを買って車の中で楽しく食べました。

母に家帰って部屋入る?と聞いた自分にどうせまた帰ってこられるから今日はいいよと言いました。

足も浮腫んでパンパンの母はとてもつらそうで車に座っているのも大変そうでした。

外出から3時間ほどで病院にもどりベッドに横になった母は疲れたのか眠りについたのです。

あと残された時間は少なく旅立ちにむけてのカウントダウンでした。

つづく