水道橋博士のティーチイン付きで観た「漫才協会 THE MOVIE 舞台の上の懲りない面々」 | キネマ画報

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名古屋在住映画好きダメ人間の映画愛をこめてのブログ多少脱線ありです。

漫才協会の会長も務めている、「ナイツ」の塙宣之が初監督した漫才協会に所属する芸人たちを追ったヒューマンドキュメンタリーです。


200人以上の芸人たちが所属する社団法人・漫才協会。浅草フランス座演芸場東洋館(通称:東洋館)を拠点に、連日多くの芸人たちが舞台に立つ。事故で右腕を失いながらも舞台復帰に向けてリハビリに励む者、39年間コンビを組んだ相方を亡くしてもなおピン芸人として舞台に立ち続ける者、離婚後もコンビで舞台に立ち続ける者、結成3年の若手コンビなど、協会に所属する幅広い世代の芸人たちをカメラが追う。

水道橋博士と東MAXとドルフィンソングのティーチイン付き上映で観ました。

水道橋博士と東MAXは映画に出演なし。ドルフィンソングは映画にも出演。水道橋博士に呼ばれて来たとか。水道橋博士が彼らを協会に入れたと。

水道橋博士は演芸も小泉今日子も好きでここ3年くらい観た映画で最高傑作だと思ったと。

東MAXも寄席は墓場だと思っていたと。子どもの頃から芸人を見ていたので夢がない場所だと思っていたと。

水道橋博士はあそこで住み込みで働いていたと。主題歌の甲本ヒロトは同級生。

なかなか撮れない内容だったと。

東MAXは笑いの怖さを感じたと。

ドルフィンソングは東MAXからショートコントやれと言われてショートネタを披露。

そのあとは質問コーナー。

Q江頭さんの話をしてほしいと。

ドルフィンソングはいじめられていたときに江頭さんを見て芸人を目指したと。

東MAXはどこでも脱いでダイブすると。

Q博士がエレベーターボーイをやっていた時代に見たものは?

博士は本に全部書いてあると宣伝。

当時は目の前に蚤の市があったと。

80年代はまだ戦後みたいだったと。

ビートたけしの師匠は東MAXの友達だったと。