外国人ホームレスと社会の在り方 つぶやきその13
今年の8月中旬から10月始めにかけて夜間のホームレス・野宿者実態調査を行いました。毎年この時期に行っていますが、その結果、現認した人数だけで、47人に上り、それ以外にも数人の方の目撃情報が寄せられました。この数字は一宮市内だけのものであり、周辺自治体を含めれば、もっと多くの方が存在するものと思われます。
いわゆる「ホームレス自立支援法」第2条で定義されている文章表現では
「この法律において「ホームレス」とは、都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者をいう。」 と規定されています。
この文章では、上記の生活実態を有する者として狭義の範囲にいる者をホームレスと定義しています。
ホームレス=居場所がない、とハウスレス=家がない、という事態が同時に進行して野宿に至ることになるわけですから、ホームレス=野宿者と解するには無理が生じます。
ホームレスという狭義の定義による今の法律で本当に対応できるのか、疑問のあるところです。
なぜならば毎年ホームレス状態から生活保護を申請している人が、10年連続して4万人を超えているこの現状をどう見ればいいのでしょうか?
毎年国は、全国の福祉事務所を動員してホームレス調査を行います。そして発表される数字は、昨年度で1万人を切ったと発表しています。ホームレスが全国で1万人を切ったにも関わらず、どうして4万人を超える人がホームレス状態から、生活保護を申請するのでしょうか?ここにこそホームレス問題の神髄が隠されているのです。
いまから5年前不安定就労を余儀なくされていた人たちがリーマンショックで一斉に解雇されたことを思い出してください。真っ先に解雇されたのは外国人労働者でした。 彼らは生活の基盤を根こそぎ奪われ、住む所もなく、多くの人たちが知人を頼り、何世帯も同居して、厳しい環境に耐えていました。
何万という外国人がいわば「ホームレス」状態になっているにも関わらず、統計上では数字に表れてこないのです。彼らは家を失い、居場所を失っても、ほとんどの人が野宿には至っていないのです。
崩壊寸前のコミニュテイの中でを助け合いながら、暮らしていたのです。
「ホームレスの定義」を日本的に狭義の意味に強制づけた「ホームレス自立支援法」では、本当の数字は現れてこないのです。
狭い一部の特殊な人々という認識を定着させ、「ホームレス」数を意図的に少なくしているのです。
調査方法も、公園や駅周辺、河川敷で目視によって行われています。
目視とはいわゆる目に触った事であり、目ざわりとして、直接現認された事を言います。
調査時点に別の場所にいたとしら、カウントされません。調査時点が毎年1月ということもあり、寒さを避けて図書館や商業施設にいた場合もカウントされません。車の中で避難していてもカウントされません。
この、あいまいな数字が先に述べた、ホームレス状態から脱却した人たちが毎年4万人を超える数字のカラクリなのです.
その中には多くの外国人も含まれています。私たちが一宮市で夜間調査をした結果、調査時期は違いますが、行政の調査の何倍も多い人達を現認しています。
日本人のみならず、外国人の方の「ホームレス」も現認しています。47人中4人の外国人が含まれています。韓国人3人、ペルー人1人でした。
私たちは、そのうちの2名の方をアパートへ入れるよう支援し、残りの人たちには、今も食糧支援を続けています。外国人ホームレス問題は実はリーマンショック以前から深刻な様相を示しています。
浜松市では、今から8年くらい前、妊娠8か月のブラジル人女性が駅近くで野宿をしていました。
浜松の会員から「のわみ」にSOSが入り、早速浜松まで向かいました。
この女性は保護した時点で、26歳、おなかの子の父親もブラジル人でした。彼女が妊娠したことが解りこの男性は、姿を隠しました。
それ以降彼女は路上生活を余儀なくされました。妊娠8カ月になるのに一度も病院の検診を受けたことがありません。私たちは、市と交渉し、その日のうちに病院へ同行、強く社会的入院を要請しました。
病院側も事情を理解され、出産まで無事入院でき、女の子が生まれました。
若い女性が大きなおなかをして、路上で生活する、なぜもっと早く手を差し伸べることができなかったのか、多くの人が行き交う市の中心部での出来事でした。
3年前に名古屋市港区のある大きな団地の一角に病気で今にも倒れそうなブラジル人が冷たいコンクリートの上に布団を敷き寝ていました。もう野宿が1年近くなると言って見えました。
体調がすぐれないことは、見ただけでわかります。私たちは直ちに彼を保護し区役所に向かい、事情を説明し、生活保護を申請、その後、病院に入院することが出来ました。
私たちの緊急宿泊所(シェルター)にはこれまでに50人を超える、行き場のない外国人の方を受け入れてきました。ブラジル、ペルー、中国、フイリピン、ロシア、韓国、朝鮮、スリランカ、ナイジェリア、ルーマニア、コロンビア、ボリビア人などです。
外国人が国を離れ、不慣れな日本で、言葉も習慣も制度もわからない国で、住む所もない状態になったとき、とてつもない不安に駆られるでしょう。
これらの人たちが、「ホームレス自立支援法」で救済されるのでしょうか。皆無とは言いませんが、、統計上数字にも出てきませんし、支援の対象としても把握されていないのです。
ホーム、(居場所)をなくした外国人は肩を寄せ合って生きています。
人として生きてゆくことに日本人外国人の区別は必要ないのです。
外国人の方には日本は冷たい国として映っているでしょう。
ほとんどの外国人は正規のビザを取得して日本で働いているのです。そして必要な税金を払い社会に貢献しているのです。
1990年入管法の改正で、日系3世とその家族に正規の就労ビザを発給しておきながら、日本における滞在支援にほとんど取り組もうともせず、場当たり的な対策で事を収めてきました。
ある国際団体がブラジル人を対象にしたメンタル面での相談を行ったところ、家庭での不和、うつ、統合失調、子供の不登校引きこもり、アスベルガー等、相談者700人の中で7割以上の人が、問題を抱えていることがわかりました。 (このデーターの詳細な統計は専門家の診断によるものですが、実施機関が公表を控えているため、文章上曖昧な表現にしてあります。)
産業界の要請により入管法を変えてまで就労ビザを発給し、日系外国人とその家族を受け入れたにも関わらず、日本に於ける、支援対策は皆無に等しく、すべて、民間の為すが儘に放置してきたのです。
そして月日は流れ、20年を経過して、今私たちの前に在日外国人とりわけ南米出身者の生活困窮が大きな社会問題として浮かび上がってきています。外国人の人権をおろそかにしてきた結果、その影響は日本の格差社会と貧困を生み出すことに繋がってきたのです。外国人の人権を擁護し困窮者を生み出す社会背景の在り方を改善することこそ日本の社会の抜本的改革に繋がり、安心して誰もが暮らせる社会が創出されるでしょう。
その一番のモノサシこそが、人として生きてゆくうえで、もっとも過酷な状況の中で生活する外国人ホームレスの問題だと思います。ホームレスを作り出さない、放置しない、このことこそ全力を挙げて取り組むことだと思います。
三輪
(相談の場合は下記まで
にてご予約ください。)
のわみ相談所 0586-72-9697
NPO法人のわみサポートセンター 同 -85-5318
場所はJR東海道線及び、名鉄『一宮駅』から徒歩10分程度です