がん4000年の歴史 シッダールタ・ムカジー著を読んだ。
「私たちが闘っている相手のがんの正体は一体どんなものか」という問いを歴史を中心に解き明かそうと、インド生まれの米国在住🇺🇸腫瘍内科医でがん研究者が著した。
800頁を超えるスケールが大きく混み入った内容だった。超訳的に要約したい。
がんとは、現在の医学のレベルでわかっていることは、細胞の病的で無制御な異常増殖、ヒトの遺伝子の変異によって引き起こされるもの、またはウイルス、発がん性物質に関連して生じるもの。正常な細胞とがん細胞は経過によって関係し合い、混じり合うことで難治となる。
臓器や部位により多種の性質を持つが、この本は、主に慢性骨髄性白血病、悪性リンパ腫、乳がんを主な対象としつつそれらから、またそれらの治療の歴史からがん全体の姿をとらえようとするものだ。
1.紀元前2500年の古代エジプトですでに、「乳房に隆起するしこりの病」としてパピルス文書に登場し、エジプト人の宰相医師イムホテプによって「治療法はない」との記述も確認できる。
2.紀元前500年アケメネス朝ペルシャ王ダレイオス一世の王妃アトッサは、乳房に突然悪性度の高い、炎症性のがんを疑わせる出血性のしこりがあることに気づく。アトッサは、人目を避けて引きこもるようになり、その後ギリシャ人奴隷医師のデモケデスにより腫瘍を摘出された。アトッサはその後も生き続けデモケデスを側近に取り立てた。
3.ペルー南端の乾燥地域に千年前のミイラ140体が発見され、それらの遺体が1990年にミネソタ大学の古病理学者によって解剖された。それらの遺体の中から、若い女性の悪性骨腫瘍を発見する。
4.これらのことから、がんは近代の病気ではなく、太古の昔からあった。がんの原因は文明化によるものではない。ヒトの寿命が延びることで、がんを覆っていたベールが剥がれただけだ。ヒトの平均寿命が20世紀初頭にグッと長くなるが、そのことががんの罹患率を上げた原因だ。
5.がんは18世紀から19世紀にかけて、英国の外科医ジョン・ハンターが、外科新時代を到来させ、がんの局所を含めて大きく切り取る根治的切除術が隆盛した。産業革命の頃、貧しい煙突掃除の子供達が盛んに精嚢がんになるなどススの被曝によるものと認められた。
6.20世紀に入り、放射線腫瘍医が登場する。
ニコチン、アスベストなど発がん性の物質の特定などが試みられた。
7.20世紀半ば、外科による単純切除と術後放射線治療が盛んに組み合わされるようになる。
8.1970年代、手術後補助的化学療法、抗エストロゲン剤なども登場する(乳がん)。
9.1990年代、her2、ハーセプチン、手術、放射線、ホルモン療法、化学療法、分子標的薬などの組み合わせや併用が用いられる(乳がん)
10.1990年代中葉から現在、遺伝子の変異の有無をゲノム解析によって特定するシーケンス、がん遺伝子とがん抑制遺伝子毎の解析等、遺伝子レベルの薬剤との対応。
がんは4000年前から存在する。その間、臨床医師、外科医、解剖学者、生物学者、が様々な患者と症例に向き合うことで少しずつこの病気の正体が絞れてきたが、全てが解明されたとは程遠い。がんは人間の生命の成長を運命的に規定しているのかもしれない。
この本を読んで、がんの起源と治療の変遷を知ることができた。治療者間の勢力争い、政治的思惑、がんを巡る人類の葛藤は多面的でありまた悲劇的なところも感じ得た。
がんは現代の病気ではなく、ヒトが成長することに伴う普遍的に生じる疾患ということだ。それを避けるための有用な生活方法もあるにはある。ただ、それはほんの気休めかも知れない。それでも患者とってできることは、限られていてもやった方がいいかも知れない。それは人によって様々だ。
がんを考える良い時間だった。