前回の記事から続きます。

 

赤ん坊時代を生き延びた私は、

地獄絵図などで描かれる餓鬼のように

チビでガリガリに痩せておなかが出っ張っている体型ながらも、

私なりに元気に幼児期を過ごしました。

 

吐いてばかりの原因は相変わらず不明でしたし、

満足に成長はしておらず体力もありませんでしたが、

母親は少しでも私を「普通の子」として育てたかったようで、

「普通の幼稚園」へ入園させました。

 

但し、私自身が他の子の体力について行けませんし、

先生達に気にかけて貰わなければいけない存在であるため、

【ただの】普通の幼稚園ではなく、

【親戚が経営している】普通の幼稚園への入園となりました。

(この点は、幸運だったと思います)

 

私自身は、発育の問題なのか生きるために必死だったからか、

このあたりの記憶はまったくないのですが、

健康状態から登園日数は少なめだったと思います。

 

小学校は、医師から「普通の小学校への入学は無理」と言われていたようですが、

やはり「普通の小学校」へ入学することとなりました。

 

私の場合、「毎日吐きまくること」と栄養不足から来ると思われる心身の発育不良、

外部との接触不足から来ると思われたコミュニケーション能力不足以外に、

目立った知能障害や身体障害が無かったため、親の気持ちもわかります。

 

でもまぁ、弱者は当然にイジメの対象ですよね。

赤子~幼児期には外部と接触せず病気とだけ闘っていましたし、

コミュニケーション能力に問題が生じていましたから。

 

時代的にもそんなに平和じゃありませんし、

「弱いから虐められるんだ!嫌ならやり返せ!自分で闘え!」

っていうのが常識の世の中です。

 

ちょっと荒れた地域の公立小学校でしたので、

弱い子は脅される、殴られる、奪われる、盗まれる、の対象です。

私の場合は、ガリガリに痩せている上、「吐く」ので汚いですし。

子供っていうのは、遠慮が無いのでとても残酷です。

(しかし、この点については親も残酷なことをするよな、と思います。

 ちょっと考えれば、イジメの対象にしかならない存在だってわかりそうなものです)

 

健康上の問題もあって学校を休むことは多かったのですが、

すごく勉強が出来ないと言うことはなく、なんとか勉強にはついて行っていました。

 

この点は考え方が非常に難しいところなのですが、

勉強も日常生活も、ついていくためにかなり苦労はしていました。

 

私は、苦手なもの(こと)が多かったのです。

 

まずは、人の顔と名前を覚えるのが苦手でした。

漢字を書く(覚える)のが苦手でした。

(多分、この2つは脳の同じような領域を使っているのだと思います)

忘れ物も非常に多かったです。

なにかに集中しすぎて、外部の声も聞こえなくなりますし、時間の感覚もなくなります。

他人の冗談を「言葉通りに」受け止めてしまうため、トラブルになります。

他人が「言葉を間違えて」も、察することが出来ないので「間違えた言葉のまま」受け取ります。

病気と闘っていただけで生きるために必死でしたから、運動神経もまったくありません。

(高校生になってから、やっと友達とキャッチボールが出来る程度になりましたが)

 

現在のように、発達障害等の研究が進んでおらず、

概念そのものが「知恵遅れか否か」だけだったはずの時代ですが、

今で言う発達障害とかADHDとかの傾向に近いのだと思います。

 

今でもそういった検査を受けたことはありませんので、

勝手に自己診断してはいけないですけどね。

 

とにかく、国語のテストで「漢字を書く」という問題が

100点満点中の10点分なのであればその10点はほぼ取れないので、

「漢字を書く」以外の90点を満点で取るしかない!というような方向で努力して、

なんとか成績表の「普通」を死守する日々です。

 

体育は運動能力が壊滅的なので、体育の準備や片付け、授業態度等でポイントを稼ぎ、

5段階中の3を拾う作戦なのですが、

体育会系教師の場合には運動能力のみで成績を付けられてしまうため、

屈辱的な成績を付けられてしまうこともありました。

 

地元の公立中学校はかなり荒れた学校だったため、

なんとか私立中学校へ行かせて貰いたかったのですが、

残念ながら進学塾に通う体力もなく、当然のように荒れた公立中学校へ進むことになりました。

 

中学校に上がったときは、身長136cmで体重27~8kgくらいだったかな。

 

単なる成長記録状態で申し訳ないですが、続きます。