続きです。
様々な問題を抱えつつ、
私は地元にある荒れた公立中学校へ進みました。
本当に荒れてましたね。
今の時代からは考えられないような環境でした。
窓ガラスあちこち割れて段ボールで塞がれ、
校舎はスプレーの落書きだらけ、
先輩達は鍵穴の壊れたバイクで爆音を轟かせながら通学し、
校内での喫煙やシンナーも当たり前、
教師もそれを注意しない状態の学校でした。
学校の廊下を、重装備の警察官達が盾などをガシャンガシャンしながら
走っていたこともありましたね。
カンパという名の集金ノルマを、先輩達から毎週凄い金額で指示されます。
先輩達も、更に上の怖い先輩から命令が下りてきているようです。
もう、仕方が無いです。
私は塾に通ったり、遠方の私立中学校へ通う体力も無かったのですから。
でも、親のことはちょっと恨みました。
だって、地元の公立中学校がどういう環境かなんてちょっと調べればわかるでしょう。
実は、私の母親は私を病気から救うため、とある宗教にドハマリしていたのです。
宗教活動はとても忙しいので、子供の学校環境なんて気にしている暇はないのですね。
熱心な宗教活動には、たくさんお布施も必要です。
ただでさえ私の医療費がかかるのに宗教にも多額のお布施が必要ですから、
塾代や私立中学校の学費にお金を回したくもなかったようです。
宗教活動というのは忙しいものらしく、母親が帰宅するのはいつも夜遅くでした。
宗教活動の全ては「あなた(私のことです)のためにやっている」そうです。
もう、仕方が無いのです。
私自身、健康な体ではないので健全な精神は育っていませんでした。
抗う力はありませんでした。
そういった環境を受け入れながらも、なんとか中学校を卒業できました。
高校は、やはり地元の公立高校へ進みました。
ガリガリなりに中学校でいくらかの成長期はあり、
高校に入ったときはおかげさまで156㎝、体重39.5キロになっていました。
しかし、高校に入ったこの15才の初夏。
私の腸は限界を迎えました。
続きます。