親衛隊士の日(河出書房新社):ウラジーミル・ソローキン | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第58回:『親衛隊士の日』
親衛隊士の日/河出書房新社

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今回紹介する本は、『親衛隊士の日』です。前回紹介した『青い脂』と同じ作者ソローキンの長編小説。『青い脂』より後に執筆された、邦訳があるものでは最も新しい作品だと思います。

何度も書いていますが、ソローキンは「文学」や「小説」を打ち壊すモンスターでした。ですから今度はどのような破壊を見せてくれるのか期待しながら本書を読んだわけですが、その裏をかかれた感じでした。つまり、意外とまともなのです。

近未来を舞台にしているため、『青い脂』と同様に通常のロシア語にない表現などがあるようですが、『青い脂』の新露語ほどでは難解ではありません。本書におけるエピソードやギミックの中には、説明不足(当然意図されたものですが)のためによく分からないことは全体像が見えないものもありますが、小説を俯瞰してみれば一貫とした物語があります。

一貫とした物語があるところなどは、当たり前と言えば当たり前なのですが、ソローキンにやられると、ビックリしてしまいます。ソローキンはソローキン自身を破壊し始めたのかもしれません。

とはいえ、ソローキン特有のグロテスクさ(私には、ブヨブヨと肥大していて、コールタール色をした粘着度の高い粘膜をダラダラと垂らし続けている、大きな口と白い歯を持った歪な球体を想像させる)は健在で、他の作品を気に入った人なら本書も楽しめるでしょう。また『青い脂』で挫折した人も本書であれば読み通せるのではないでしょうか。

舞台は2028年のロシア。そこは皇帝が支配する帝国に戻っていた。主人公のアンドレイは、皇帝直属の親衛隊士。親衛隊士は、ピョートル大帝(在位:1682‐1725)が創設した部隊で、史実では1918年に廃止されているが、本書では当たり前のように存在する。

本書は、親衛隊士の一員であるアンドレイの一日を描いた小説だが、上にも書いたが全体像が見えにくい。なぜ帝国が復活しているのか、なぜアンドレイは親衛隊士に入隊したのか、親衛隊士の仕事や地位はどのようなものか、といった疑問は全て氷解するというわけにはいかない。

まあそれでも親衛隊士は、主に皇帝の命を受けて貴族などを粛清しているということは分かってく、それだけが仕事ではない。中国と欧州を結ぶ道路を通過する中国人から保険料を徴収したり、天眼女という謎の女性から宣託を受けたり、皇后と食事を共にするという名誉を授かったりと大忙しである。

親衛隊士には清廉潔白さが要求されているが、その一方でよく分からない規則の下で強姦などが許されていたり、ドラッグのようなものをしたりするなど矛盾が多い。その辺りは、現代社会に対する風刺にもなっているわけだが、ソローキンが風刺を書くこと自体驚きである。

とはいえ、様々な作品のパロディや文体模写などをガシガシ入れ込んできたり、目をそむけたくなるシーンを挿入してきたりなど、従来のソローキン節も健在。

ソローキンの他の長編小説である『ロマン』『青い脂』などに比べると、コンパクトにまとまっていますので、比較的おススメです。本書の帯には『燃えろ、陰嚢! 光れ、玉茎!』などと、本文の一節が書かれていますが、比較的おススメです。「比較的」という言葉は便利ですね。

ちなみに本書には続編にあたる連作短編があるようですので、河出書房新社さんは責任もって翻訳出版してください、というかしてくれますよね? って見てないか・・・

次回はペレーヴィンの予定です。