みにくい白鳥(群像社):アルカジイ&ボリス・ストルガツキー | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第49回:『みにくい白鳥』

みにくい白鳥/群像社

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今回紹介する本は、アルカジイ・ストルガツキーとボリス・ストルガツキーの兄弟(以下、ストルガツキー兄弟)の共作『みにくい白鳥』です。

ストルガツキー兄弟は、おそらくロシアで最も有名なSF作家です。主要作家の大部分が英米出身というSFの中で、旧東側諸国出身の作家としては、ポーランドのスタニスワフ・レムと並んで双璧を成していると言っても過言ではないかもしれない。

兄のアルカジイは、日本文学者としても知られていて、日本文学作品の露訳なども行っています。その中には安倍公房などの現代小説だけでなく、『義経記』のような古典もあるそうです。ちなみに芥川龍之介のファン。弟のボリスは天文学者でもあったそうです。

ストルガツキー兄弟の例に限らず、私には小説の共同執筆というのは想像し難いものがあります。役割分担や執筆手順などにも興味がわいてきますが、残念ながらよく分かりません。ただし、ストルガツキー兄弟の作品には、日本文学者を主人公とする『モスクワ妄想倶楽部』のような小説もありますので、兄のアルカジイが主導的な立場をとっていたのだろうと思います。

ストルガツキー兄弟の代表的な小説といえば、『ストーカー』でしょう。宇宙人の来訪によって奇妙に歪んでしまった空間に侵入する男たちを描いた小説で、鋭利な刃物を突き付けられたような暗い緊張感が漂う傑作です。私は観ていませんが、ソ連の著名な映画監督タルコフスキーによって映画化もされています。とはいえ、映画と原作は全く別物というくらい異なっているようですけど。それと映画化に際して、ストルガツキー兄弟が自らシナリオを執筆したのですが、結局は没になったという逸話があります。そのシナリオは『願望機』というタイトルで邦訳も出版されていますので、興味ある方は読んでみてください。

本書のタイトル『みにくい白鳥』は『みにくいアヒルの子』の裏返しです。みにくいアヒルが成長して美しい白鳥になるのではなく、白鳥こそがみにくい。成長した後の姿、つまり大人たちがみにくいのです。

本書の主人公は作家のヴィクトル。妻のローラと一人娘のイルマがいますが、妻とは離婚寸前。イルマの今後についてローラと話し合うものの結論はでず。そのまま家を出て、別宅として使用しているホテルに向かう途中、<濡れ男>と呼ばれている癩病院患者に出会うが、その直後に背後から何者かに殴られて倒れてしまう。

気づくと、<濡れ男>はいなくなっていて、その代わりにボル・クナツという少年がいた。クナツはローラのクラスメイトでヴィクトルも知らないわけではなかった。クナツは作家であるヴィクトルに学校での講演を依頼する。ヴィクトルもその依頼を引き受けて・・・

その後は、ヴィクトルとその飲み仲間や愛人などとの会話が多くを占めるようになってきます。その中で、この小説の世界観が徐々に明らかになってくるのですが、ストルガツキー兄弟の他の小説と同じように、全体像ははっきりしません。小出しに出される情報を基に、うっすらと分かってくる感じです。

町には雨が降り続いていること。<濡れ男>は個人ではなく、ある病気に侵された人たちのあだ名であること。右翼的な全体主義制度が布かれていること。神童と呼ばれている子供たちが存在することなどなど。そして、総じて言えば、世界とその世界を作っている大人たちが腐っているということが分かってきます。

そして学校での講演が始まると、とても子供とは思えない意見を言われてヴィクトルは答えに窮してしまう。子供たちは言う。

「失礼ですが、今のお話はみなあまりに月並みなことじゃないでしょうか。問題はそういうことじゃなくて、あなた(ヴィクトルのこと)が描かれた人物たちが変化を全く望んでいないということじゃないでしょうか。みな、あまりに汚らわしくすさんでいて、変えてやろうという気持ちをおこさせないほど絶望的ではないですか」

そう、子供たちは世界を変えたがっているのだ・・・

SF的要素は希薄、話のテンポもゆっくりで、派手さもないです。ようするにエンターテイメント色は少し希薄なのですが、じわじわと不安を煽る物語で個人的には面白かったです。

ちなみに、ストルガツキー兄弟は、本書と、上にも挙げた『モスクワ妄想倶楽部』を章ごとに交互に配置したものを完成版として出版したそうです。『モスクワ妄想倶楽部』は、読んだことあるのですが、アルカジイの分身的な作家兼日本文学者がソ連の官僚主義的社会の中で右往左往する物語です。

私にはこの2つの作品を結びつけた意味は良く分かりませんでしたが、もしかしたらストルガツキー兄弟が指定した順番で読むと何か印象が変わるかもしれません。完成版の章構成は、『モスクワ妄想倶楽部』の訳者のあとがきに書かれていますので、興味のある方は確認してみてください。

次回はラスプーチンの予定ですが、もしかしたら、ラスプーチンは飛ばすかも。

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