マリヤのための金(群像社):ワレンチン・グリゴーリエヴィッチ・ラスプーチン | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第50回:『マリヤのための金』
マリヤのための金 (現代のロシア文学 (5))/群像社

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今回紹介する本は、ラスプーチンの『マリヤのための金』です。本書は、群像社の「現代のロシア文学」というシリーズの1冊です。「現代のロシア文学」といっても、1983年から1995年にかけて出版されていたものですし、収録作品が執筆されたのは当然それ以前ですから、今となっては少し古い感じがします。

本書には、「マリヤのための金」と「アンナ婆さんの末期」の2篇が収録されていますが、いずれも1960年代に発表されたものですので、やはり現代というには少し抵抗があります。

ロシアというかソ連では、スターリンの死後、言論弾圧が緩和された雪解けの時代を迎えますが、それも長くは続かず、フルシチョフが失脚し、ブレジネフが権力を握るとまた言論弾圧が厳しくなってしまいます。

経済的な進展もなかったことから「停滞の時代」と呼ばれるその時代は、1960年くらいに始まり1985年くらいまで続きます。

「停滞の時代」には、ソルジェニーツィンなどの著名な作家は亡命などによる国外に流出してしまい、ソ連国内では文学的にも下火になってしまいます。

ただそんな中でも、新しい作家が現れます。斬新な文学表現を編み出したとされている「都会派作家」(ただし、私は読んだことがないので良く分からない)と、自然回帰的な思想を打ち出した「農村派作家」がそれです。

今回紹介するラスプーチンは、「農村派作家」の代表的な人物。今も存命で、最近ソ連崩壊後の短篇集『病院にて』なども翻訳されています(ただ、『病院にて』は訳文があまり良くない)。

【マリヤのための金】
1967年発表のラスプーチンの実質的なデビュー作にして初期の代表作。ちなみに私は、『マリヤのための金』を「マリヤのためのキン」だと思っていましたが、実際には「マリヤのためのカネ」が正しいです。

村で店番の仕事に就いていたマリヤの下に監査官がやってくる。監査官は、マリヤの店の売上と在庫を確認すると、多額の不足金が出ていることに気付く。監査官は他の店の監査に5日ほどかかるが、それが終わると、不足金のことを報告しなければならなくなるという。

マリヤの夫クジマは、5日間で不足金分の金を集めようと村中を駆け回るのだが、思うように集まらない。そこで町で働いている金持ちの兄のもとへと向かうことにするのだが・・・

マリヤやクジマに同情をよせるような素振りを見せるが、何かと理由を付けては金を出さない村人たちとクジマとのやり取りなどに胸が痛くなる物語です。

【アンナ婆さんの末期】
1970年発表。80歳に近いアンナ婆さんは、長い間働いていたが、精も根も尽き果て寝ついてしまう。それから3年ほどは生きるものの遂に今日明日にも危ないという状態に陥ってしまう。

そこでアンナ婆さんと一緒に住んでいた次男のミハイルは、方々に散っていた兄弟姉妹たちに電報を出す。長女ワルワーラ、長男イリヤ、次女リューシャは直ぐに集まったが、末っ子の三女タチヤーナだけはやってこない。

アンナ婆さんの死を待つ兄弟たちはどこかよそよそしく、イリヤとミハイルは酒を飲み、姉妹たちはこんな状況でも酒を飲む男どもに呆れる。そんな中、今日明日にも危ないと思われていたアンナが目を覚まし、回復の兆しを見せ始める。

喜ぶとともに困惑してしまう兄弟姉妹と、タチヤーナが顔を見せないことに哀しむアンナの心のうちが描かれる。

両方とも地味な物語ですが、読み手を引きこむ力のある作品だと思います。ラスプーチンは少なくとも日本ではマイナーですし、読む前はあまり期待していなかったのですが、思っていた以上に面白かったです。特に「マリヤのための金」が気に入りました。

引っ越しの準備やら仕事やらで思うように時間がとれないのですが、今月中にあと1回は更新したいですね。その後は、少し間隔が開くと思います。

関連本
病院にて―ソ連崩壊後の短編集/群像社

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