カメラ・オブスクーラ (光文社古典新訳文庫):ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ・ナボコフ | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第42回:『カメラ・オブスクーラ』

カメラ・オブスクーラ (光文社古典新訳文庫 Aナ 1-1)/光文社

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前回に引き続き、ナボコフの小説を紹介します。

ナボコフは、小説を執筆する言語を、文学的キャリアの途中でロシア語から英語に切り替えましたが、執筆言語を英語に切り替えた後、ロシア語で執筆した自身の小説を英語に翻訳したりもしていました。

今回紹介する『カメラ・オブスクーラ』は、最初にロシア語で執筆され、その後、ナボコフ自身の手で英訳されました。しかし、その際、一部削除や変更を行ったため、英語版はロシア語版の単純な英訳とはなっていないようです。タイトルも「カメラ・オブスクーラ」(のロシア語)から「Laughter in the Dark」に変更されました。

今回僕が読んだ光文社古典新訳文庫は、ロシア語版からの翻訳となります。ちなみに、英語版からの翻訳としては、河出書房新社から『マルゴ』というタイトルで出版されていたものがありますが、絶版。僕も読んだことはありません。

さてタイトルの「カメラ・オブスクーラ」は、ラテン語で「暗い部屋(または暗い箱)」を意味する光学装置の一種。暗い部屋や箱などに小さな穴が空けられたもので、その穴がレンズの代わりを果たし、外部の景色を内部の壁などに逆さまに映し出す装置のことです。

「カメラ・オブスクーラ」の原義「暗い部屋」は、「見えない」ことの象徴でしょう。人間は、知っているつもりでも、実は知らなかったり、何かを分かっているつもりでも、実は分かっていなかったりするものです。人はみな暗闇の中を手探りでどうにかこうにか周囲を理解しようとしているに過ぎません。そんな中、突然光が差し込み外の像が見えることがあるかもしれません。しかし、それは現実をさかさまに写した像でしかないのです。

つまり、「カメラ・オブスクーラ」というタイトルは、「見える」、「見えない」、「見たつもりになっている」という本書のテーマを表していると思います。しかもこのテーマはナボコフの小説で繰り返し語られるものですので、注目に値します。

物語の主人公は、裕福な美術評論家のクレッチマー。妻と娘とともに幸せに暮らしていたのだが、心がなぜか満たされない。そんなある日、映画館で15歳の美少女マグダと出会う。

マグダに恋をしてしまったクレッチマーは、マグダと愛人関係を結ぶことに成功するのだが、マグダは一筋ならではいかない少女だった・・・

少女に翻弄される中年オヤジというと、ナボコフの最有名作『ロリータ』を彷彿とさせると思いますが、実際、『ロリータ』の原型ではないかと思われるくらい共通点が多い作品です。

『ロリータ』は、ロリータ・コンプレックスという言葉から下世話な話だと思われがちですが、実際にはかなり晦渋な作品でナボコフの入門書としては不向きです。

一方本書は、ナボコフらしい晦渋さもなくはないですが、基本的なストーリーも面白いですし、テンポもいい。それに、独特のユーモア(かなり意地の悪いユーモアだが・・・)もかなり良く、読んでいて楽しい本となっています。

ということでナボコフの入門書としておススメしたい1冊でした。

次回もナボコフの予定です。

関連本
ロリータ (新潮文庫)/新潮社

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