愛(国書刊行会):ウラジーミル・ソローキン | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第1回:『愛』

愛 (文学の冒険シリーズ)/国書刊行会

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今回からはロシア文学を集中して紹介していこうと思います。

ロシア文学といえば、ドストエフスキーとトルストイが双璧で、知名度、人気度ともに他の作者を大きく引き離していると思います。特にドストエフスキーに関しては、光文社古典新訳文庫の『カラマーゾフの兄弟』が異例の大ヒットをしたおかげで、海外文学を普段読まない人にも読まれた感があります。

ただそれがきっかけで他のロシア文学にも手を伸ばした人となると、かなり少ないのが現状ではないでしょうか。ドストエフスキーやトルストイにしても少しマイナーな作品ともなると、あまり読まれている気配がありません。

でもそれではモッタイナイので、特に興味はあるけど何を読めばいいか分からない人の参考になるように、色々なロシア文学を紹介できればといいなと考えています。

ただ、当然ですが、ロシア文学の作品を網羅的に紹介するのは不可能ですので、『カラマーゾフの兄弟』や『戦争と平和』などの超有名作は除いて、比較的マイナーなものを中心にごく一部を紹介することになると思います。作品自体がマイナーであれば、超有名作家の作品も取り上げるつもりではありますが。

というわけで、あくまでもちょっと紹介するという意味を込めて、テーマは「ロシア文学の深みを覗く」にしたいと思います。

さて、言論弾圧がまかり通っていたソヴィエトの崩壊前夜、グラスノスチと呼ばれる政策によって、言論や出版等の自由化が図られました。これによって、それまでのロシア文学にはなかった作風の小説などが出版されることになりますが、残念ながら出版事情もあってか、いわゆる純文学的な作品の担い手はそれほど多くはないようです。

そんな中で日本にまで作品が届いている作家として僕がぱっと思いつくのは、ヴィクトル・ペレーヴィン(1962-)とウラジーミル・ソローキン(1955-)の二人です。

ペレーヴィンについては、僕は結構好きで邦訳があるものは全て読んでしまっているため、今回のテーマ内では多分紹介することはないと思いますが、以前『黄色い矢』を取り上げていますので、興味のある方はご参考にしてください(今見ると記事が短い・・・)

ということで、今回はソローキンの短編集『愛』を紹介したいと思います。

ソローキンについては、物凄い作家だとかモンスターだとかそういった噂を聞いていた、というかネットで目にしていたのですが、読んでみて分かったことは、本当にモンスターだということです。こいつはすげぇやって感じです。

普通の人間が小説を書くとすると、小説内世界というものを慎重に築き上げていくと思うのですが、ソローキンはそんな世界を情け容赦なくぶち壊します。というか小説そのものをぶち壊します。

小説そのものを壊そうとする試みは新しいものではありません。シュルレアリスムやヌーヴォー・ロマンの試みなどがそれにあたりますが、これらは理論的、理性的なもので、いわば地球を侵略するための地球人よりも(自称)高等な宇宙人による破壊活動です。しかし、ソローキンは違います。モンスター的な破壊、単に邪魔だから破壊するといったような暴力的としか言いようのない破壊です。宇宙人による破壊がエゴイスティックで嫌な気分にさせられる破壊だとすれば、ウルトラマンに出てくる怪獣が高層ビルをぶち壊す、あのなぜかスカッとする破壊なのです。

美しい自然の描写や瑞々しい生活が描かれ、読者が酔いしたところで、スカトロジックな描写やグロテスクな描写に急に変化する。その余りの唐突さに目がくらむような思いがします。

例えば表題作の「愛」は、老人がある夫婦の愛について語るのですが、話が始まったかと思うと、空白が1ページほど続き、その後、突然グロテスクで気違いじみた愛の結末だけが描かれます。

また、「可能性」という短編の始まりはこんな感じです。

「日が西に傾き、九月の侘しい空が冷気と無関心に満たされ、門の下の黒い地下室が倦怠と憂鬱の気を漂わせるとき、人は思わず自分の白い腕の震えに気づき、その震えが、しびれるような、焼けるような、凍りつくような湿気った風のせいではまったくないことを知る……。(P56)」

なんだが意味深でどんな物語が展開していくのか非常に楽しみになりますよね。しかし、この短編のラストはこう。

「おしっこのにおいおしっこのにおいおしっこのにおいおしっこのにおいおしっこのにおいおしっこのにおいおしっこのにおいおしっこのにおいおしっこのにおいおしっこのにおいおしっこのにおいおしっこのにおいおしっこのにおいおしっこのにおいおしっこのにおいおしっこのにおいおしっこのにおいおしっこのにおいおしっこのにおいおしっこのにおい。(P59)」

いはや、どうしたらこうなっちゃうのか?

本書には、こんな物語の途中に深い断絶が横たわる短編小説が17篇収められています。どれも似たような構成なので後半少しだれるところもありますが、断絶の度合いなどは各編違い、一応の繋がりがみえるものから、最初と最後が完全に分離されてしまっているものまでありますので、その差を考えながら読むと飽きずに読めると思います。

まあ、そんな理屈はともかく、とにかく読んで欲しい短編集ですね。読んで、スゴイと思うのもよし、嫌悪感を覚えるのもよしです。