時雨でございます。   前回のお話⇒ ≪本当にあった話 六話≫



弘美は、この老人から今にも教わろうとしてる【人生の軸】となる3つのもの、【3つの真理】を今か今かと一言一句も聞き逃すまいと固唾を飲んで待ってる状態でした。



老人はゆっくりと話始めた。


「よいか、まず一つ目の真理を言うぞ?まず一つ目は、『人間は肉体を超えた崇高な存在である』という事じゃ。その昔、ある偉人がおった。その偉人は自分自身を『宇宙の無限の宝庫と繋がった崇高な存在である』と結論付けておった。彼は人間の本質を知っておった。そして、それを知る事が成功の秘訣であるとも知っておった。中国の孟子を知ってるかね?『万物みな我に備わる』と、古来から偉人達は自分を単なる肉の塊であるとは思ってなかった。君はどう思ってる?肉の塊だと思うかね?」



弘美は今まで人から言われた事のない質問なので、なんて答えて良いか解らなく、困り果ててしまった。


「肉の塊ですか・・・そうですね、肉の塊とは思いませんけど、でも、やっぱり脳がコントロールしてるのかな?とは思います。魂とか心とか不可思議な存在があるのは解りますけど、それが一体何のか、正直、解りません。」



老人は笑みを浮かべて言った


「そうかそうか。なるほど。唯物論という考えがある。それは何とも愚かな学者的な考えあって、人間は肉体以外の何者でもないという思想の事じゃ。つまり、人間は物質的な集合体に過ぎないという理論だ。人間の意識も脳が作り出した物理的作用であるという見解じゃ。じゃが、私にはこの唯物論に合点がいかない事がある。もし仮に君の脳が停止した時、君の意識も本当に停止するのじゃろうか?君の肉体が死ぬ時、君自身も完全に消滅するのじゃろうか?」



弘美は言った


「あの、もしかして宗教とか、そっちよりの話ですか・・?私、そういうの苦手なんですけど。。」



老人は笑いながら言った


「君は不可思議な要素の話が全て宗教的であると思ってるようじゃな。ワシは人間の本質を話そうとしてるのじゃ。宗教の話ではない。人間はな、肉体を超えた存在じゃ。昔の偉人が言ったように、人間は宇宙の無限の宝庫と繋がっておる。全ての人間は意識の深いところでお互いが繋がっておるのじゃ。」



弘美は思った


「確かに、色々な哲学者や自己啓発本なども仕事の便宜上で読んできたけど、お爺さんと同じような事を言ってるケースが多いような気がする・・・やっぱり何か真理があるのかしら?でも目で見て確認できないし、何か信じ難い感じがするわ・・それに、意識が皆で繋がってるって言っても、私の脳も自分の頭蓋骨の中に入ってる訳だし、何かイメージが湧かないわ・・・」



老人は続けて言った



「君は虫の知らせという言葉を聞いた事があるかね?家族の誰かが事故をおこし、その場所から自分は離れた場所にいるのに予感や胸騒ぎが的中するなんて事じゃ。何故離れた場所にいたのにそんな予感や胸騒ぎがしたのかね?それは意識が繋がってるからではないかね?人間は肉の塊と信じてる人には、この話は理解できぬじゃろうな」



弘美は言った


「実は、私も、小学生の頃に祖父が亡くなって、同じような体験をしてます。それと、20才の時に友人が亡くなって、その時同じような胸騒ぎを経験したことがあります・・・それって・・?」



老人は弘美の話を遮るように言った


「君は心理学の予備知識はあるかね?フロイトという心理学者が昔居た。無意識というものを発見した心理学者じゃ。我々の意識には顕在意識と潜在意識があるという事を発見した人じゃ。そしてもう一人有名な学者がおる。それはユングじゃ。彼は『全ての人間は意識の奥底で繋がっており、普遍的に価値共有できる意識をそれぞれが持っている。全ての人間を繋ぐ意識の海のようなものがあり、それをユングは集合的無意識』と呼んだのじゃ。」



弘美は言った


「何か・・・どんどん話が難しくなってきましたね・・・ちょっと混乱してます。。」



老人は言った


「脳が意識を作ってるのではない。意識が脳という道具を使って、更には肉体に命令を出して体を動かしてるのじゃ。人間の体が細胞で出来てる事は知ってるじゃろ?その細胞は数えきれない程の原子から成り立っておる。つまり、人間の体は原子の集まりじゃ。ある分子生物学者が驚くべき事実を突き止めた。それは、我々人間が物を食べると、分解された栄養は細胞に取り込まれ、その原子が古い原子と入れ替わるのじゃ。人間を構成してる原子は1年もあれば入れ替わってしまうのじゃ。全ての細胞が新しく入れ替わるのじゃ。先ほど、唯物論の話をした。肉体が全ての個を決定するのなら、1年で細胞が入れ替わったら、その肉体は別人じゃな。ハッハッハ ヘンじゃな?君は何歳じゃ?」


弘美は言った


「25歳ですけど・・・」


老人は言った


「と言う事は、君は25回も別人になった事になる。ハッハッハ  おかしい事じゃのう。 唯物論や無神論者などは、所詮は浅はかな見解で物事を語ってるに過ぎんのじゃ。人間という生命を甘く見過ぎてるのじゃ。肉体という物資的な入れ替わりがあっても、君は君じゃ。変わらない君じゃ。人間は肉体を超越した存在なのじゃ。これで解ったかね?」



弘美は言った


「解ったような・・・感じですけど、ちょっと納得できない事があります。自分が肉体を超えた存在なら、その自分?魂?は一体どこにいるんですかね?」


老人は怪訝な顔で言った


「君は目で見えないと信じないのかね?君はその目ん玉に絶対的な信頼を置いてると見受ける。そんなにその目は信頼できるかね?目に見えないものは存在しないから、信じない、そういう事かね?君の目はそんなに万能な物かね?」



弘美は少しムカっとした気持ちになって言った



「誰だって自分の目で確かめられた物は信用できるし、それに目に見えるに越したことはないじゃないですか?」



老人は言った


「何とも自分勝手な解釈じゃな。じゃあ、空気中にある酸素だが、人間には必需なものだ。でも目には見えない。テレビやラジオの電波もそうじゃ。君にとってこんなに大切な空気は、目で見えないぞ?目に見えない空気を信頼して吸っても良いのかね?」


弘美は何も反論ができなかった



老人は更に言った


「現代の技術があれば、小さな物を顕微鏡などで見れる。肉眼では見れないものも、科学の力で見る事が出来る。では、もし君が縄文時代の人間だったら、電気や電波、酸素も分子などで出来ているという話をしたら信じるかね?」



弘美は言った


「いえ、多分、信じないと思います・・・」



老人は言った



「人類が絶大の信頼を寄せてる、1年で細胞が生まれ変わる眼球から見えるものを真実であると決めつける。それは真理を見ていない。肉眼で見える情報は人間にとって都合の良いように加工されたものじゃ。肉眼で見えるものが全ての真実であるなんて発想は、催眠術にかかっているようなものじゃ。」



老人は更に言った


「催眠術というのは暗示じゃ。例えば、ある人物に、今から自分の腕には重たい金属がのしかかり、重くて重くて動かす事すらできないと暗示をかける。実際は棒か何かを軽いものを腕にかける。催眠術にかかった人は棒が凄く思いものだと思って、腕を避ける事すらできない。それは脳が暗示を信じるからじゃ。五感から得られる情報全てが真実であると人間は勝手に思い込んでおる。この五感にばかり頼っておると目には見えない本当の真理を見失ってしまうのじゃ。人間にとって最も美しく素晴らしい物とは、それは五感ではなくて心で感じるものじゃ。」



弘美は老人の話が不可思議でありながら、何か確信めいたものを感じ、納得せざる得ない状況になっていた。



老人は言った


「今までの話をもう少し納得して貰う為に、命の偉大さ、尊さ、大切さを今から話そう」




続きは本当にあった話  八話 でお話します。



つづく