何億万分の1のホント  5


「そろそろ聞いてくれる?」
「えっ?」
「俺の話を聞いて欲しい。それでもキョーコが俺を愛してくれるなら、俺のモノになって…。俺にとって大切で忌まわしい、怖くても忘れられないことがある。忘れてもいけないことで、キョーコには知って欲しいことなんだ」
「蓮が訊いて欲しいことなら、蓮の事なら全部教えて…」
「長い間待たせたけど、キョーコに全て知って欲しい。俺の愚かさや、バカな暴走の末の暴力や、でもその結果が俺を日本に辿り着かせ、君に出会わせてくれた。君に会えたことで、全てのことに感謝できる自分がいる。キョーコに夕日の中で初めて口づけた時のこと…。嫌われないか心配だけど聞いて欲しい」」
「そのセリフ…。同じような言葉を…それに夕日の中の口づけって……」
 キョーコの脳裏にとても似ているけど、別の人の顔が浮かんだ。
 キョーコと蓮ではなく、金色の髪の…。そして人間ではないはずの…。
「覚えていてくれたのなら聞いて欲しい。全てを聞いて欲しい。俺の事をもっと知って欲しい」
 キョーコは聞き覚えのある言葉に、忘れようもない…あの夕日を背にした彼をはっきり思い出した。
「グアムでの別れ際に言ったよね。また会えるからって、その時こそ本当のことを話そうって、決めていた」
「ま…まさか?」
 キョーコは自分の記憶が勝手に都合のいい夢を見せているような、そんな錯覚に陥った気がした。
 それは余りにも都合の良すぎる事で、もしそうだとすれば…。あの時の彼の魔法は?
「そのまさか。コーンは、クオン。つまり俺だ」
「そ、そんなこと…そんな事いったら…」
 キョーコの顔が恥ずかしさや怒りや等で真っ赤になってくる。
「コーンは妖精の王子様じゃなくて、クオンという人間で、キョーコの記憶から借りた姿じゃなくて、俺自身だったんだ。…怒った?」
 真っ赤になったキョーコは蓮の胸をポカポカと叩くが、本気ではない。恥ずかしさで赤くなったままだ。
 そんな事も見抜けず騙されていたのは腹立たしいが、コーンも蓮もクオンも全て同じ人なのだとわかると、嬉しさもこみ上げてくる。
「もう! 蓮のバカ! あの時は…本当にコーンにかかった呪いを心配して、コーンが、あなたが心配で…必死だったのに!」
 泣きながらポカポカと蓮を叩くキョーコに、蓮は無抵抗なまま、優しくその背中に腕を回した。
「ゴメン…ゴメンね。でも、俺にとっては呪いに近いほど俺を縛る悪夢があって、でもその悪夢は現実に起こったことだから、逃げることは出来ない事実。忘れることも、逃げることも許されない事実だった。でもその事実があったからこそ今があると思えるキョーコの…強さを分けて欲しかったんだ」
「私の強さ?」
 キョーコが蓮を見上げると、蓮は自分を思ってくれる涙が愛おしくて、その涙を唇ですくった。
「君の言ったことだよ…。『統べての経験は、今の自分になるために必要なことだった』と言った君は、辛かったことも前向きに受け入れて生きる強さだと伝わってきた。過去を否定しない、肯定して前を向いて生きることは、当たり前のようで難しい。誰でも逃げてしまいたい過去のイヤなことは少しぐらいある。俺にとっての『呪い』は…その過去にある向き合えないでいた自分なんだ」
 寂しいとも優しいともとれる蓮の笑みに、キョーコは蓮の背中に腕を回して強く抱きしめた。
「あの時に、君に出会えたことで、生まれてきたこと統べてに感謝できるほどに幸せだと感じた。キョーコという存在に出会うために、俺の人生はこんな風に巡り合わせてくれたんだと、やっと思えた。キョーコのお陰で、生きてきたこと、此処にいてキョーコの温もりを感じられることに感謝してる」
「…私も、蓮に巡り会えたことを感謝してる」
 キョーコの声は微かに震えていた。
「キョーコに初めて会った京都の河原も、芸能界という特殊な場所で、更に同じ事務所で出会えた偶然も、今という時間をくれた全てのものに感謝する」
 自分を抱きしめるキョーコの腕をそっとほどいて、蓮はキョーコに深く口づけた。キョーコの頬からはまた一滴涙がこぼれた。
 長くとろけるような口づけは、やがてキョーコの意識をとろけさせて膝がカクン…と落ちると、蓮は慌ててキョーコを抱き抱えた。


「長い話になると思う。キョーコに伝えたくても上手く言葉にならないかもしれない。愚かで大人になりきれなかったくせに、一人前に夢だけ見て追いかけながら、君というもう一つの夢も欲しくなった欲張りな俺の話だ。それでも聞いてくれる?」
 蓮はキョーコの耳元で優しく囁きかけた。
「勿論よ…。蓮が話してくれること、一言も逃さないように聞くから、朝までかかってもいいから話して…」
「それはダメ」
「どうして?」
 真面目な顔で言う蓮に、キョーコは納得がいかないと訊いた。
「徹夜したら明日の君の仕事に響く」
「それでもいいのに…」
 上目遣いのキョーコの視線に、蓮は負けそうになるがキョーコの身体を思えば無理をさせたくなかった。
「俺は慣れているけど、女性はお肌にも出るからね」
 蓮が鼻先を人差し指でトン!と弾くと、キョーコも渋々頷くしかなかった。若い肌や身体も、多くなった仕事のせいで疲れが溜まる時もある。
「キョーコさえよければ、俺の部屋のベッドで、すぐ横で話すから…そこで聞いてくれない?」
「蓮のベッドで?」
 キョーコの表情に緊張が映ると、蓮はクスッと笑って言った。
「キョーコの同意無く襲ったりしないよ」
「それは…恋人なんだから……」
 私にもその覚悟なら…と、蓮にも微かに聞こえた声は口の中に消えてしまった。
「疲れて眠ってしまっても良いように、すぐ隣で横になって聞いてくれればいいから…」
「大切な話を聞きながら寝るなんて、出来ないわよ!」
 キョーコが怒るように言うと、
「でも聞いた話だけど、安心してその傍らで眠れるって事は、心も身体もリラックスして疲れもとれるらしい。俺の傍は安心? それとも危険?」
 謎かけのような試すような蓮の言葉に、キョーコは素直に言葉にした。
「とても安らげる場所で、抱き締められたらアロマテラピーみたいだって…軽井沢で思ったの……。その時からずっと好き」
 好きだから感じた安らぎを、まだ恋から逃げていたキョーコには、心が恋まで届いていなかった時のことだ。


               《つづく》

次がラストです。
よかったらお付き合いください。(^o^;)