私からでいいですか? 2話

 
 キョーコがとびきりの笑顔で言いながら、すでに買ってきていた材料を目の前に出した。
 蓮には拒否権はないと言うことらしい。

「お鍋でも、君は作るんだから疲れがとれるの?」
「出汁とかはとりますけど、切った材料を煮込みを待つまでの、割と楽なお料理ですよ」
 多少の手間があったとしても、蓮には料理が不得意な面もあるなら、簡単な説明で誤魔化すこともできる。今日でもキョーコの下拵えはキチンとされていたので、蓮の目の前では簡単に見える準備はできていたのだ。
「じゃあ、材料費とかはいくら掛かったの?」

 まさか彼女に負担させる訳にはいかないと思いながら、仕事の日にはカード以外は1万円札が何枚か入っている財布しか持ち合わせていなかった。まず使うことはないが、念の為のお金だ。
 彼女のことだから多すぎるとか言って返されるかと思いながら財布から出そうとすると、止められてしまった。

「材料費代は、事務所で頂くことになっていますので、敦賀さんから多すぎる金額で頂かなくても大丈夫ですので」
「ホントに?」
「はい。社さんが事務所にレシートを持っていけば頂けるように、話が通してあるそうです。敦賀さんにお金を頂いたりすると、物にしても何十倍の金額になりそうですので、正しい金額を頂きます」
 キョーコらしいきっちりとした言葉に、蓮は苦笑した。
「……それは、俺の金銭感覚が普通じゃないと言いたそうだね?」
「事実そうですから」

 天下の敦賀蓮と言っていいほどの蓮に、キョーコは動じることなくそう返した。
 それはいつものことだ。先輩として尊敬はしていても、蓮の行動範囲が常識的な範囲をでれば、小さく釘を差す。社が見ていても微笑ましいやり取りが繰り返されることもある。
『お前よりもキョーコちゃんの方がしっかりして見えるな』
 からかう訳ではなく楽しそうに言われるのは、情けないと思いながらも二人の距離が近いからだと嬉しくも感じる瞬間だった。
 それに蓮の感覚が、金銭感覚だけでなくどこか「普通」といえる枠からはみ出すことが多いのもキョーコは知っている。
 演技力と言った芸能人としてのモノだけでなく、マネージャーを務めた頃に初めて行った蓮のマンションや巨大なベッド。時に自分にだけ見せる別の顔も、どこか「敦賀蓮」とは違う別人だった。

 敦賀蓮という目の前の憧れの先輩は、温厚だが仕事に厳しいという顔で隠した別の面を持っている。
 仕事でヒール兄妹という関係を演じた時、カイン・ヒールの中に本当の敦賀蓮が見え隠れすることがあった。カインはさらにB・Jという映画の中の「魂のない殺し屋」を演じるというややこしい関係ではあったが、”人とは合い入れない闇を持つ”部分が近しい役で、カインは妹のセツカだけを溺愛して”演技以外はセツカだけがいれば、他はいらない”というシスコンぶりは周りから呆れた目で見られた。妹であるセツを演じる自分も”兄さんだけ”とブラコンで付き添う姿は、周りからは「本当に兄妹か?」と見られても、お互いしか見えない恋人同士のように無視を決め込んだ。

 この時に見せたカインの中の闇は、演じているのではなく、敦賀蓮の中に隠れていた闇の…他の誰も知らない別人にさえ感じる闇の部分だと思った。
 誰だって、人に見せない部分を隠し持っている。弱みだったり、場合によっては密やかな企みもあるだろう。
 全てを人に見せられるとしたら、それはごく一部の人に悩みを打ち明けたりした時に、心のヒダを見せて甘えたりする時だ。弱さを見せられるのはその相手を信頼してこそできるが、全てを晒せるのはできそうでできないものだ。弱さまで見せられる本当の仲間や愛する人は、一生に何人も居るものでなく、もしかしたらたった一人の本当に愛する人に話すことができたなら、受け入れて貰えたなら充分なのかもしれない。
 本当の自分を全て受け入れてくれる優しさは、たった一人で充分なのかもしれない。

 そんな蓮は、役者としても一流と言える「敦賀蓮らしくない」と思われることを怖れて、”坊”に「てんてこ舞い」の意味を聞いてきたことがあった。
 自力で携帯で調べようとしていたが、万策尽きて偶然通りかかった”坊”のぬいぐるみの私に聞いてきた。
 その時に、彼が「敦賀蓮」の仮面を、イメージを壊さない努力をしていることに気付いた。まだあの頃は最上キョーコとしても仲がいいわけではなかったから、彼のイメージが変わっていく様子がよくわかったというのが本当のとこだろう。

『敦賀蓮は紳士で優しく、だが仕事には厳しい』

 そのイメージは彼が作り上げたもので、自分で努力することをいとわない代わりに、人にも真剣な仕事であればこそ努力することを要求する。だがあくまでも紳士的に。

 そう考えるとカインであった彼は、仕事として努力をすることは同じでも、紳士で優しく人と接することをセツにだけ甘えた。
 周りから”バカップル”と言われることはどうでもいいが、”協力して作り上げる気はないのか!”と叫んできた村雨さんには、”通りすがりの島国”と答えたのは、もしかして…”敦賀蓮で居る間の通りすがりの日本という島国”なの? いつか本当の自分に戻って、何処か別の場所へ?


 それにしても、敦賀さんは”カイン・ヒール”を一日中演じているのは当たり前のように過ごしていた気がする。
 それはもしかして、”敦賀蓮”という俳優を今までずっと演じてきたから普通に過ごせるんでしょうか? 演じることが”敦賀蓮”という俳優の仕事だから、ずっと”敦賀蓮”でいることが貴方の”敦賀蓮の仮面”をつけた顔ですか?
 人は自分を作る顔を少なからず持っているけど、本当の貴方はどんな顔をしているんですか? その顔を知っている人はいるんですか? 
 私にその顔を見せてくれませんか?
 私が本当の貴方を知りたいといったら、その顔を見せてくださいませんか?
 本当の貴方を、貴方の全てを好きになりたいから…。
 貴方の全てを知っても、逃げてしまうことなく貴方を好きでいたいから…。


               【つづく】

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