コンビネーションーライバル  5話

 

 最後の事件は二人の身の危険をお互いにカバーし合いながら、それでも音夜が抵抗するヤクザ達に腕を撃たれてケガをした。
 いつもなら冷静な唯香が顔色を変えて音夜に駆け寄った。
『音夜さん! 血が…。これで血止めにキツく縛りますね』
 唯香がポケットから取り出したのは綺麗な柄のスカーフだったが、汚れることなど躊躇なく傷口をキツく縛った。
『つっ! それほどの出血じゃない。それよりもアイツ等の気配に気をつけろ! 気付いたのが俺達だけだと思っているうちは、二人を消せばこの件はもみ消せると思っているぞ!』
 つまり音夜が心配するのはお互いに何かがあれば、もう一人の命も危ないと言うことだ。
『私は音夜さんよりもしぶといですから。それに、音夜さんが簡単にくたばるタイプの人だとは思っていませんけど?』
 唯香が皮肉混じりに言えば、音夜にも余裕の笑みが浮かんだ。
『二人ともしぶとければ、応援がくるまで少し粘るまでだな』
『そうですね。それに、私はやられてばかりというのは性に合いませんから』
『それは俺も同じだ』
 ニッと二人が笑うと、相手の数も多いこの戦闘ともいえる状況が、本気の命を懸けた戦いの場だと忘れそうになった。
『では、まずはこの腕のお返しからいくか?』
『そうですね。音夜さんの服のクリーニング代もありますし、私のスカーフも安物ではありませんし?』
『それは簡単には出して貰えないだろう?』
『でも、少なくともこの鬱憤は晴らさせてもらいませんと、気が済みませんから』
 唯香の方が余裕で言うと、音夜は頼もしい相棒に笑みを浮かべた。だが先ほどの唯香は、音夜のケガに慌てていつものような余裕が消えていた。
 音夜にはその慌てる姿が本当の唯香だと思えていた。
 まだ新人でありながらミスらしいミスも少なく、地味に見えて靴をすり減らす聞き込みから書類の整理と、肩の力を抜く時間は家に帰ってもあるのか疑わしい。頭に記憶した犯人の絞り込みをやっている日もあるのか、あからさまに目の隈が寝ていないと言っていた。
『そうだな。俺もお返しはしっかりさせてもらうさ。だがその前に、お前さんにお礼をしておくか』
『私にお礼ですか? そうですね。スカーフはもう使えそうにないですし。体格もいいから、出血量も多いないんじゃないですか?』
『そんなに汚れた?』
『折角のお気に入りです!』
『それは現場にそんなモノを持ってくる方が悪い』
 音夜は言葉を切った後少しだけ真面目な顔をした。
『でも少しはお礼の前の利息ぐらいは払うか』
『利息?』
 音夜は唯香の唇に一瞬それを重ねた。
 唯香は目をまん丸にして、だが出しかけた声を手で塞いでかろうじて大声を押さえた。
『な…な……』
『キスのお礼ぐらいありだろ?』
『あ、あ、ありじゃないです! ここは日本です!』
 真っ赤になった唯香は音夜を睨んでみたものの、恥ずかしさで横を向いてしまった。
 音夜は研修でアメリカに行っていた時期もあり、そのせいか生粋の日本女性に対してはアメリカナイズされた行動に相手が真っ赤になって照れてしまう事があった。
 唯香も仕事で見せる顔よりも、本当は純粋な大和撫子らしいところがある事を音夜は知っていた。
 唯香の初々しい反応に、音夜は笑みを浮かべ、自分が唯香をにくからず思っていることを再認識した。ただの相棒ではなく、女性として隣にいて欲しいと思える存在だと、愛しいと思える女性だと感じた。
 だからこの状況から二人で脱出することを強く誓った。 二人で生き抜く、応援がくるまで唯香を守り、そして自分も生き抜くことを。


 その後は仲間達が到着して犯人を一人残らず捕まえた。
『このまま帰りたいけど調書は書かないといけませんね?』
 音夜が前にいた部署の先輩刑事に聞いた。
『程々でいいぞ。明日は二人とも非番にしておいたから、忘れない程度に書いてゆっくりしろ。纏めるのは非番明けだ。ここ数日は二人ともろくに寝てないだろ? 若くても無理は反動があるからな』
 隠れてやっていたつもりが全て見抜かれていたのを知ると、音夜も唯香も苦笑いを浮かべた。そして調書は下書き程度に仕上げて警察署をでた。

『徹夜に近くなったな』 
『そうですね。この仕事は昼夜関係ないですからね』
『女性だとお肌に悪そうだな』
『今のところ私は若いので、お休みの日にケアすれば大丈夫ですから』
 唯香が澄ましてそう答えた。音夜は小さく笑いながら言った。
『そのうちにそんなことは言えなくなるぞ? そこで辞めるとか言うなよ?』
『そんなことで辞めるつもりなら、刑事になったりしていません!』
 唯香が強気で言い放った。
『簡単に俺のライバル、俺のコンビを辞めさせるつもりはないぞ』
 音夜が真面目な顔で言った。
『……音夜…さん?』
 一転して照れくさそうに視線を反らせながら言う音夜に、唯香は視線が離せなかった。
『ずっと…俺のコンビでいてくれないか? 危険な時は俺が守る。君のことは必ずまも…』
『自分のことは自分で守ります! 好きな人を危険にして自分だけ生きるつもりはありません!』 
 思わず唯香が叫んだ言葉に我に返った。
『唯香。俺を…好きでいてくれる?』
『あ…あの……。はい…』
 真っ赤になった唯香は、頷いたまま顔を上げられなかった。
『俺も、好きだ…』
 音夜は唯香をそっと上に向かせると、さっきよりも深い口づけを交わした。
 唇が離れた二人は、潤んだ瞳の唯香を助手席に乗せて車を走らせた。


 そして日も昇りきった時間、唯香が目覚めたのは音夜のベッドの上。
 眠ったのは太陽も顔を出してからだから、それほど長い時間眠っていたわけではない。
 心だけでなく身体を重ねて、唯香は音夜の安らかな寝息を聞いていた。
 この関係がいつまで続くのかわからなくても、音夜のそばが心地いいことはよくわかっていた。
 仕事の上のコンビ以上に、できるなら大切にしたい音夜との関係。
 今迄組んだどこの誰よりも、仕事も大切だけど音夜との関係が切れることなく続いていくことが、唯香にとって全てが心強いことだと感じた。
 失いたくたった一つのつながりなら、今は音夜と離れてしまうことが大きかった。

『唯香?』
 名前を呼ばれて音夜を見た。
 今迄仕事で組んだ仲間は居た。だが音夜と離れることが、今迄組んできたどの仲間よりも寂しいと思った。
『改めて言う。これからもずっとライバルで、そしてコンビを組んでいってくれないか?』
『えっ…』
 音夜の言葉に唯香は驚いた。
 嬉しいと思ったのは一瞬で、刑事という仕事は場所から部署から異動させられるものだ。気が合って成績を上げたからといってずっと一緒に仕事ができるわけがない。
『わかってる。唯香の心配はこの仕事をやっている以上、ずっと一緒にいられる訳じゃないって思っているんだろう? でもそれは仕事の上でだ。一緒に暮らして、一生一緒にいたいと思う。……そういうのはダメか?』

 音夜の真剣な目に、唯香は否定などできなかった。むしろ音夜の横にいることを認められたようで嬉しかった。

『でも、私と音夜さんでは…』
 唯香が嬉しさを追いかける不安を顔に出した。
 音夜のようなキャリア組で実力もあるなら、直ぐに次の上級試験に受かって他の署で移動するだろう。刑事の場合はキャリアであれば、上級試験へのステップもスタートが早いのだ。スタートが早くて成績もよければ、あっと言う間に唯香は置いて行かれる気がした。
 唯香も優秀ではあるが、ノンキャリアで親のコネがある訳でもない。それにどうしても女であるということは、現場のきつさから弱みになりえる。
『唯香にはいつまでも俺のライバルで、気持ちの上ではコンビでいて欲しい。今迄一人のつもりだったが、初めて相棒が欲しいと思った。唯香だけだ…』
 音夜の優しい笑みに、唯香も笑みを浮かべた。
『私でいいんですか?』
『唯香が、唯香だけが欲しい…』
 音夜が唯香に手を差し出すと、唯香はその手を取った。 そして二人はそっと口付けて、やっと二人は本当の笑みを浮かべた。


 それからの二人はまたいつも通りにコンビとして仕事をこなした。
 だが前よりも強くなった絆は、二人を最強のコンビとして、最高のライバルとして、これからも事件を解決していくだろう。
 互いを見つめる目は、強く、そして優しく前を見つめた。


     ドラマ 「コンビネーション」  FIN

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「本当に良いコンビだったね。君達本当に付き合ってない?」
「そう見えますか? 京子さんは後輩ですがいいライバルでもありますからね」
 蓮の言葉にキョーコも答えた。
「私にとっては敦賀さんはいつまでも追いかけたい先輩です。唯香が音夜を追いかけるように、ずっと目標としていたい役者さんです、監督」


 撮影が終了した日、監督に問われるがさりげなく笑みを浮かべて否定した二人だった。
 でも実は隠れた交際が、この撮影中に始まっていた。
 蓮はキョーコを心配するあまり、アクションシーンでの無理をしないで欲しい気持ちと共に気持ちを打ち明けていたのだ。
 キョーコも唯香の気持ちと同じように、蓮の言葉を受け止めて気持ちを交わした。


 ドラマ『コンビネーション』は男女共に人気の刑事ドラマとなった。
 最後には気持ちを交わす二人が、時には見せる複雑な表情も、そして『ライバル』として競い合いながらもコンビとしてお互いの呼吸を合わせていく姿は、男女だけでない清々しさも感じさせた。


『俺はお前の傍にいるからな』
『私も、傍にいます』

 
 二人の気持ちは離れることのない、本当の『ライバル』
 音夜と唯香が成長していく、若い二人の成長ドラマでもあった。そしてこれからも成長をしていく先を想像させた。
 それはドラマの中だけでなく、二人の役者としての敦賀蓮と京子の二人にも共通して言えることだった。

 現実の二人も密かな交際をしていくことにじれた蓮が、他の仕事でのインタビューで交際をほのめかし、ドラマの放送終了後1ヶ月もたたないうちに二人の交際はワイドショーをにぎわせることとなった。


                   【FIN】


さて、知っている方、何じゃそれはと言われそう…(ーー;)
某マンガ家様の本のタイトルを頂きました。
「キャリア」制度につきましては、ドラマや棒刑事モノ小説でかじった知識ですのでちょっぴり本当なだけです。

明日からは、お待たせしましたリクお3方のラストです。
                 ペタしてね
 
PS念のために書いておきます。今日、書き込みの調子が悪いですのでおかしかったらご指摘ください。