君の場所は此処 9話

 

「先生申し訳ありません。先生の養女にして頂くことは、落ち着いて考えられなくて、答えが出ませんでした」
 翌日の朝食もそこそこに、キョーコはクーに対して養子縁組みの話について頭を下げてそう答えた。
「でも先生の本当の娘になることがイヤだという訳ではないです。とても光栄なことだと思っています。でも、お返事が出来るほど落ち着いて考えられなかったんです。申し訳ありません」
 今回の渡米にしても時間が無かった訳ではない。
 ただ今すぐ傍に居る蓮の告白で、気持ちが落ち着かなかったのだ。
「考えられなかった理由を訊いてもいいかな?」
「その……敦賀さんにですね……」
 キョーコが言い澱んでいると、二人の醸し出す空気が変わっていることは一目瞭然だ。
 クーもローリィも視線を合わせて、してやったりとばかりにニヤリと笑った。
 そして蓮の横に腰掛けていた二人のよき理解者であり、兄の様な存在の社が嬉しそうに笑みを浮かべて、蓮の脇を肘でつつきながら「やったな!」と言った。

「私は敦賀君、いや…クオンに、息子に負けたわけだ」
「クオンに、息子に負けた? クオンって、クオンって、え? え!?

 え            !?」
 キョーコはクーの世話をした時に訊いた息子の話を思い出した。
 そして絶叫に近い養成所仕込みの大声が部屋の外まで響きわたった。

 キョーコと同時に、社は横に座る『敦賀蓮』と思っていた男を見て驚きのまま声が出ない。
 今まで何くれとなく世話を焼き、マネージャーとして最高の相方として力になってくれた社に、蓮は今まで何も言えなかった事をすまなかったと思い、声を出せずに固まっている社に小さく頭を下げた。
「ホ、ホント…なのか?」
「黙っていてすみません。理由があって誰にも言えなかったんです。未だ暫くは、社さんとキョーコ以外には言えない事なんです。秘密でお願いします」
 真面目な蓮の言葉に社も大切な理由あっての事と頷いた。

「敦賀さんがクオンさんって、いったいどういう訳ですか?」
 キョーコは驚きでクーに聞き返した。
 クーからキョーコが聞いたクオンは、母親であるジュリエナ譲りの金髪に碧眼の妖精のような少年。そして成長してからは会っていないと、亡くなったかのような表現をされていた。
「詳しいことはクオン自身が話さなければ我々では分からない心情もある。だが親でありながら力になれなくて、ローリィの力を借りて日本に渡った。そこで敦賀蓮という名前の日本人として演技の道を勉強していったんだ。たった一人で、ローリィの力は借りずに現在の若手俳優としての地位を勝ち取った」

「俺の貸したのは場所だけだ。そこから先は蓮が一人で勝ち取っていった。日本の若手俳優のトップとして、勝者といえるところまで上り詰めていったんだ」

 キョーコは二人の話だけからも、今まで蓮の表の顔しか知らなかったと驚いた。
 時折自分にはよく見せる怒りの顔とは違う、敦賀蓮としては見せることのなかった、多くの苦労を積み重ねた時間があったことを初めて知ったのだ。芸能界が弱肉強食の世界で簡単にトップに立てる場所ではないことは知っている。そしてそのトップを走り続ける蓮も、努力を惜しまないで居るからこそ出来ることだ。その為には日本に来た頃から一人で、でも絶え間なく努力をしてきたことが、キョーコには切ないほどに愛おしくて涙がこぼれてきた。
「キョーコ? どうして泣くんだ?」
 蓮が慌ててキョーコの頬を両手で包み、親指でそっと涙を拭いた。
「敦賀さんが、たった一人で頑張ってきた時間を思うと、勝手に涙がこぼれて来ちゃったんです。ごめんなさい」
「どうして謝るの? 俺のことを思って心配してくれてこぼれたものだろ? 俺の為の君の気持ちは、嬉しくてもイヤじゃないからね。過去のことでも俺を心配してくれる気持ちは嬉しいよ」
 キョーコの優しい気持ちが流させた涙だと思うと、周り中がその優しさに微笑んだ。
「そうすると、キョーコはもう少しで本当に娘になるのね? 私は娘が欲しかったから、キョーコが私の娘になるなんて嬉しいわ。クオンも幸せになれて、娘が増えて、私も娘とのショッピングとか楽しみだわ」
 ジュリエナが今にでもキョーコとのショッピングに出掛けて行きそうな様子を、蓮が溜息と共に遮った。
「母さん。今回の帰国は時間の合間を縫ってのものだから、次の時の楽しみにしてくれないかな?」
「ええ、それぐらいはわかっているわよ。でももう少しゆっくりおしゃべりしたかったわ」
 ジュリエナは昨日に続いてもう少ししたらしたら仕事に出掛けなければならなかった。ジュリエナは、最愛の息子が素敵な彼女を得た喜びと、その娘が素敵な娘であれば新しい家族としての生活を想像して楽しくて仕方がなかった。
 それに何より、クーの持ち帰ったビデオレターで見た時よりも幸せそうにしている姿は、自分達で救えなかった心の重荷を、少なからず軽くしたのはキョーコだとも感じていた。

 キョーコが蓮の思いを受け止めたことで、いつの間にか結婚の話まで進んで進んでいることに内心慌ててしまった。
「大丈夫。君が君のままなら、俺は君と一緒にいたい。俺と一生を共にすることは、これから考えてくれていいからね。だが俺は既にそのつもりだけどね」
 蓮の言葉は自由に考えることと、蓮自身の気持ちは変わらないことを伝えてきた。これでは逃げ場がないことを告げられているようなものだ。

「あの…一つだけお聞きしたいことがあるんですが…」
「なに?」
「敦賀さんが日本人として役者を目指す為に黒髪にしていらっしゃることはわかりましたが、お母様似の金髪で蒼い目だった頃の写真を見せて頂けませんか?」
「…興味ある?」
「その…私が父さんの前で演じたクオンのイメージの元になった人と、似ている気がするんです。私が彼をイメージして演じたように……」
 蓮は苦笑を浮かべると、「待っていて」と行ってそのままに残された自分の部屋へと消えていった。


「では我々の思った通りになったわけだ」
 ローリィがニヤリとほくそ笑んでクーを見た。
「そう言うことだな」
 クーも満足そうに笑みを見せた。
「せ、先生と社長さんまで一緒に計画していたんですか!?」
 二人の企てにまんまと乗ってしまった形になった蓮の告白だが、蓮が遅かれ早かれキョーコの心を抱きしめる日は遠くなかっただろう。
 それに何より、キョーコが心に蓋をするようにして隠してしまった気持ち故に、蓮が気持ちを伝えようとしてもその言葉は耳を通り過ぎていたのだとは、恋愛不感症になっていたキョーコは無意識で気づかなかった。


「だが娘になると言うのは嘘ではないだろう? 私の息子と結婚すれば本当の娘になるわけだからな」
 クーは今度は幸せそうに息子と、そして遠からず娘になるだろうキョーコを嬉しそうに見つめた。
 そんな中に蓮が一枚の写真を持ってきた。
「これが昔の俺だよ。まだ多少無邪気だった頃で、京都に一度行った頃のだ」
「京都に…行った頃? 京都に子供の頃にいらしてたんですか?」
「私の実家が京都になってね、一度クオンを連れて行ったんだが…」
 気分転換にと連れて行ったものの、一時的なものでクオンはまた内に闇をため込んでいっていた。父親としてクオンを救う術がわからなくて模索していた頃だった。
「そこで俺は、河原で可愛い女の子に介護された。夏の京都は暑くてね、でも出会った瞬間に言われたのは『あなた妖精?』っだったけどね」
 蓮の言葉にキョーコは大きく目を見開いて、まさかと思う答えを、蓮に向けて訊ねていた。
「やっとわかってくれたかな? 君がコーンと言ったのは、子供の頃の俺だよ。「クオン」という響きが聞こえなかった君は、俺を「コーン」と呼んで数日過ごした」
「敦賀…さんが、……コーン? コーンなの? ホントにコーン?」
 蓮がキョーコを抱きしめると、キョーコはその腕の中で泣き出してしまった。驚きと嬉しさに、言葉が出てこなかった。

 そんな二人の姿に、クー達も知らない二人の絆があったのだと、二人の絆の強さをより強く感じて喜んだ。
「いつか見せてくれないか? クオンの妻となった花嫁姿を…。その時はウェディングドレス姿のキョーコの手を取ってバージンロードを歩くからな」
 キョーコはまだお互いの気持ちが通じて優しいキスを交わし、蓮であるクオンがコーンでもあったことを知ったばかりのキョーコは、嬉しいながらも心の中が落ち着かずにいて、クーの言葉の意味が直ぐには受け止められなかった。
「勿論俺はそのつもりだけど、キョーコの気持ちが落ち着いてからでいいから本気で考えて欲しい。俺のこともいろいろ知って欲しい。今までのことも、今俺がどれだけキョーコを真剣に思っているかということも。過去のことは君に呆れられることもあると思うけど、それが本当の俺だからね」
 キョーコは蓮の真剣な眼差しに、そしてクーやジュリエナ、そして仕掛け人の一人ローリィの視線が集まる中、蓮の気持ちを受け止めた自分の気持ちも本物であるということ。
 キョーコは蓮に向かって微笑みながら頷いた。

「でも忘れないで。君の場所は此処だからね」

 蓮の言葉に、キョーコは考えるまでもなく自分の場所が蓮の隣に用意されていることを喜んでいる自分を感じた。

                 【FIN】

 お話のラストでしたので少し早目にアップしました。
 ちょっとしまったという事を思い出して直した加減もあります(^^;;
 

 この話は割と早めにできておりまして、ガッツリキスマーク(苦笑)の前ですので、色々矛盾あります。
美音様。本当にお待たせしました。m(u_u)m

明日からは他の方のリクアップ予定です。

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