昨日は力付きましたが、やっとできました。
今日の晴れ舞台の皆様へ、おめでとうございます。

ちょっと長めですので分けます。すみません。

大和撫子七変化  前編


 京子指名での久振りの仕事、振り袖のCMの依頼が舞い込んだ。
 ドラマでの着物姿、つまり蓮や長谷部と共演したドラマを見て指名へとなったらしく、一つの仕事がまた先の仕事を呼び込んだのだ。

 仕事を受けたことで、CMのスポンサーと監督を交えた京子への説明が、スポンサー先の応接室で行われた。
「最近は成人式だからと言っても振り袖を着る方も減ってきました。それに手軽にとレンタルの方も多い。ですから自分だけの振り袖を買い求めてもらう為にも、魅力的に着こなしていただける方を探していたのです」
「魅力的…ですか?」
 目の前のショートに茶髪の京子にも動じず、京子がそれだけ色々な色を持っているからと納得してのCMの仕事だった。美緒、ナツ、琴子など、他にもCMでも京子の演じる姿は何色もの色に例えられるほどに違う顔を見せている。
「はい。他にもお二方お願いしておりますが、正直着慣れていらっしゃるのは京子さんだけで、リードしていただきたいのです」
「私がリードですか?」
 キョーコにとっては嬉しい仕事の舞い込みだが、やけに自分に期待が大きく大丈夫かと思ってしまった。
「お二人はそこそこ芽が出てきた若手のモデルなんです。ですから洋服の方はモデルとしての華やかさをお持ちです。ですが着物のモデルは初めてなんです」
「それでですか。着物モデルは初体験だから、着慣れた私がリードをすると言うことですか?」
 モデルでも着るものや、前に蓮に聞いたグラビアとステージでの違いなど、CMとの違いを理解した。
「はい。着慣れていらっしゃる京子さんならご存じだと思いますが、歩き方一つ、イスに座る姿勢で着物は着崩れを起こします。CMではいくつもの振り袖を着て微笑んでいただいたり歩いていただきますので、普通の視聴者の方にはわかりにくいと思います。だからと言って、見苦しい形になった襟元のアップの笑顔を使う訳にはいきません。もしそうなるようなら、アップのメインは着崩れのない京子さんを使うことで他の方の事務所にも話を付けてあります」
 話の流れがキョーコには大きく負担になる気がして、本当に自分で出来る大役なのか心細くなりそうだった。
「京子君なら着物姿は任せていただいて大丈夫です」
 そう椹がマネージャー代わりに胸を張って答えた。
 あの雛祭りの時に、我が目を疑うほど花開いたキョーコを思い出してキョーコを見た。
「それで内容としてはどの様な?」
 京子の代わりにもう少し詳しくと、椹が突っ込んで訊いた。
「京子さんを含む3人で自分だけの振り袖で思い出を…というのがコンセプトです。振り袖と同時に髪型も変えていただいたりしますので、朝から1日掛かりとなります。撮りの前に髪型など着て頂く振り袖の合わせの日に、ポスターやグラビア用の撮影が出来ればいいですが、無理なら別の日を撮影後に頂きたいです。予備日としてです。本番の撮影日は着替えを考えますと、体力も体調も整えてきていただきたいです」
 振り袖の気付けは思ったより慣れていない者には大変だ。細身な者にはタオルを巻いて体型を整えたりしながら襦袢や腰巻きなどを重ね、帯まで仕上げて着付けは終わる。しかし、着崩れしないようにしながらメイクや髪型の最後の仕上げも待っている。
 これを1日に3回、撮影をしながら繰り返したら、体力もかなりのものになる。
 撮影のハードさはキョーコにも伝わってきた。
 1人よりも3人の呼吸を合わせての撮影に、髪型から振り袖も3着を着付けてのCMは体力勝負の1日になる。上手く着付けが出来ていなければ苦しくなるが、カメラの向こうには見せられない顔だ。笑顔でその華やかさをアピールできるCMを、どこまで出来るかはプロ根性もいることになるだろう。

 ここでキョーコが気になったことを訊ねた。
「あの、CMは時期より早めに作ることは多いですが、まだ夏が終わった初秋です。CMとして流されるのは早くないでしょうか?」
 説明の為に用意された冊子を見てキョーコが不思議に思ったことを口にした。
 確かにCMは宣伝の為に早く流されるのが常だとTV業界に携わっていれば分かっている事だが、半年も前では早すぎる気もしたのだ。
「普通に考えればそうですね。ただ今は、時期ものとしてよりも早く商品も出回ります。それに加え、一生に一度の記念でもあること。出来るなら多少の無理をしても納得のいくものをと考えてもいい、「成人式」という区切りです。ですから早くから視覚で刺激してその気になっていただくのです。レンタルで無い場合は直前で用意できるものではないです。じっくり長く、着物、振り袖の良さを感じてもらう。一生に何度もない区切りの記念こそ、華やかに、素晴らしい記憶と共に楽しんで頂ける日のお手伝いをする日でもあるんです」
 スポンサー側の振り袖で華やかな成人式の良き思い出を後押しする気持ちに、キョーコは微笑んで大きく頷いた。


「そう言えば蓮。キョーコちゃんに振り袖のCMが入って、キョーコちゃんの振り袖姿は綺麗だったそうだぞ」
 まだ本撮りの前、衣装合わせの時の噂を聞いていた社が
世間話のようにキョーコの話を蓮に向けた。 
 同じ業界にいても忙しければすれ違うことも叶わないのがこの業界が昼夜ない生活をしている元もある。
「そうですか。振り袖のCMが入ったことは留守電に知らせが入っていたので知ってはいましたが、上手くやれそうですね」
「何だ。お前知っていたのか?」
 社が驚かそうとしていたせいか、がっかりした言い方をした。
「新しい仕事の時は偶に連絡をくれるんです、最上さんは。ただ会えることは少ないのは社さんの方がご存じでしょう? ですから携帯の留守電に伝言を残してくれるんです」
「何だ。お前達結構上手く連絡取り合っているんだな」
「お互いに留守電も多いですから、連絡を取り合っていると言っていいか、伝えているだけですよ」
「キョーコちゃんも忙しいのに、お前には連絡をしてくるのか?」
 ニヤリと笑う社に、蓮としてはキョーコのそんな行動が嬉しくない訳はない。笑みが零れそうになるところを堪えて先輩の顔で言った。
「携帯に留守録してくるだけですよ。俺のことは先輩として尊敬してくれてますから、嬉しいことは知らせたいんでしょう?」
「…そうかな…。それだけかぁ?」
「それよりも、どんな風でしたか?」
 真面目な顔の蓮に、社も遊ぶのを止めて答えた。
「俺もまた聞き程度だけど、『京子ちゃんって、こんなに綺麗にもなれるんだ』って、男性スタッフが見惚れていたそうだ」
 社がにやにやと蓮の顔色を伺いながら言った。
「彼女は役や、場で変わりますからね。『リンドウ』の時もそうでしたし、ドラマの時も着物を着た時の立ち居振る舞いができているから所作が綺麗でより美しくもなる」
「ふふふ…。流石キョーコちゃんのことはよく見てるな」
 社の遊ぶ気満面の顔に、蓮は表情を変えずに答えた。
「最上さんはやる時は真剣ですからね。ドラマで共演した時も、着崩すことなく姿勢も綺麗で、新開監督のお墨付きもあります。俺がモデルとして服を着こなすのとも似てますよ」
「キョーコちゃんもプロか?」
「根性はプロ級で、そこに技術が身に付けば、怖いものなしのプロですよ」


 そして花開き、蕾の頃から輝いてきた輝きが、周りの者を魅了して止まない美しさで、観る者全ての心を奪う日もそう遠くないだろう……。
 まだもう少し先でいて欲しいけど、君の魅力が花開くのを止めることは出来ない。
 俺はこの手を伸ばしていいのか、毎日迷うだけで動けやしない…。
 それでも君を他の誰かが手に入れたなら、俺の心は荒れ狂う嵐を止められないだろう。
 だからもう少し、花開くのをゆっくりにして俺から離れて行かないでくれないか?
 君に手を伸ばすチャンスを残しておいてくれないか?
 いつか君が俺を恥じらう笑みで見てくれた時、真っ直ぐに手を伸ばすから受け取って欲しい。
 俺の手と一緒に俺の気持ちを…。
 いつか君と同じ道を歩ける俺になりたいから。


 そして、京子含む3人で3パターンを撮る撮影本番。
 先日の衣装合わせである程度はポスターなどの仕事は済んだお陰でCMに集中できる。
 今日はCMの本番であることはわかっていても、キョーコはそれぞれの衣装に合わせて変える髪型も考え、その髪型から個性を演じることを考えた。
 今の地毛の茶髪を生かした明るい花模様の振り袖は現代っ子の少女を、古典的な振り袖は琴子のようなロングの黒髪のお嬢様を、ロングの髪をアップにしたカツラで凛とした髪型の大人の雰囲気を持つ妖しいナツをイメージした。
 ポスター撮りの時にそのイメージを実感したキョーコは、スポンサーや監督が京子に求める『色』がそこにあると感じたからだ。
 十把一絡げではない自分だけの『色』。自分だから感じて貰える自分の『個性』。
 それが自分の区切りの時だからこそ、その美しい良さを見てもらいたい。

 京子以外の二人はモデルとしてはそこそこに売れてきたところでのCMの仕事だからと張り切ってみたが、京子がメインの扱いに嫉妬心で睨みつけてきた。まだモデル歴は浅いがプロとしてのプライドもある。自分達のモデルという仕事を舐められているようで、役者としてそれなりに売れてきたからと言っても、京子の実力を認めているわけではなかった。
 プライドは仕事の上であった方がいい時はあるが、それも相手の実力を見る目を持った上でのことだ。
 ポスター撮りの時の京子の変化を本物と思って見ていなかったのだ。
 役者なら少しぐらいは出来ても、着物を着ているぐらいがせいぜいで、CM撮影ともなれば長時間になって化けの皮が剥がれると…。

 だが実際にはモデル出身の二人の方が振り袖には苦戦していた。洋服とは違う立ち居振る舞いを求められても、思ったように動けない上に、余計な動きは着崩れてしまう。今の時代の二十歳前の少女では、着物が着慣れている生活をしている方が珍しいのだから仕方がない。


 そして始まる撮影に、他の2人はモデルとしての華やかな笑顔でそれなりに決めていった。
 だが京子だけは素の京子とは別人のような変化で華やかさ、可愛さ、可憐さを出して、撮影スタッフからCMのスポンサーから驚かせた。一応前日に気付けをした時は最初は普通の京子だったのが、ポスター撮り本番になった途端の変化に溜息や場所を忘れて見惚れる男性スタッフも多かった。

 艶やかな姿に艶もある笑み、くるくると回る駒が別の面を見せる様に色を変えてみせる京子。
 地毛の茶髪を生かした現代っ子の少女は明るく表情を変えて可愛らしく笑みを誘い、髪のボリュームを出す為の花飾りはキュートさを増して見せた。古典的な琴子風のロングの黒髪は少し澄ましたお嬢様が凛とした美しさを慎ましく振りまき、楚々とした歩き方も品の良さを強調させた。ロングの髪をアップにした髪型は大人の雰囲気を持つ妖しいナツの笑みを浮かべ、大柄で派手な振り袖柄にも負けなかった。
 そのどれもが同じ人物が演じているとは思えないほど雰囲気も違い、微笑みも別人のように見えた。
「京子ちゃんって、凄い役者ですね…」
 溜息を吐きながら…昨日のポスター撮りで見ていたよりも、一つの衣装毎、役毎に変化する姿に驚きの声が漏れた。同じ京子が演じ分けているとは思えない姿に、それぞれが醸し出す雰囲気の違いは、役者だからこその京子の別の顔だった。
 背景は後で合成するということで、雰囲気を出す為の花の飾りがあっただけの撮影だが、京子が舞うような動きで振り袖を回すと、そこには華やかな絵巻物語りが映し出されて見えた。
「すっげぇ…。今、向こうの壁に源氏物語みたいな幻が見えた…」
「幻じゃないぞ。京子が見せた振り袖の本物の世界だ」
 監督が京子の見せた振り袖の向こうの世界に、タイムスリップしたような錯覚ともいえる本物の絵巻物語りに見入って答えた。
 京子を指名したのは着物を美しく着てくれる役者としてだったが、それ以上の掘り出し物だったと京子という役者に惚れ込んだ。

 モデルの二人は京子に対する不満をぶつけたかったが、それ以前に振り袖の着こなしに苦労していた。
 モデルとしてなら美しく見せる自信はあったが、思った以上に着付けをしてもらった後の動きにくさや胸の辺りを締め付ける圧迫感など、普段の洋服とは違う苦労に思ったように動けない。その上、振り袖の見せ方に苦労した。
 洋服で出来る動きが着物には通用しない。歩きだけでなく、自分の決めポーズとして使う動きも出来ないのだ。
 それなのに目の前で動く京子は自由に見えた。それでいて華やかで、着物であるという不自由さは見えない。
 そんな京子に本職のモデルである自分達が負ける訳にいかないと思った。着た物が洋服だろうが着物だろうが、その良さを見せるのがモデルとしてのプライドだ。
 京子が動く様を見ているうちにその見せ方を癪だと思いながら手本として吸収した。
 京子がそれぞれの役を演じるように笑みを浮かべて、立ち居振る舞いもそれぞれに変えてみせるのは、京子もプロだからこその証だ。

「あなた、着物を着なれているのね?」
 モデルの一人が初めて声をかけてきた。
「着物は…子供の時から、自分の居場所が欲しくて着ていたわ。でも本当の私じゃなくて、空っぽな私だけど」
 モデルは京子の言う意味は分からないが、遠くを見た京子に言葉にしたくない何かがあるのはわかった。
「だとしても、今のあなたが着物を美しく華やかに着こなしているのは間違いないわ」
 イヤミだと思って聞いていた言葉は、京子への賛辞に変わっていた。
「ありがとう。まだ2着あるわ。頑張りましょう」
 着物の着替えは振り袖に合わせて中襟まで変えた。小物も個性を出せると、ポーチや扇子も使って自分の彩りを見せていった。

 京子に負けるものかと思っていた二人も、その変化に驚いて自分達とは違う役者のプロだと負けを認めたが、勝った負けたではなくプロとしての仕事だと、京子に合わせて動いてみせた。
 京子を中心とした三人の撮影は順調に動いていった。
 三人の動きが合ったことで、振り袖の艶やかさが増して絵巻物語の一部が再現されたように皆が見惚れた。
 楽屋裏の着付けは戦争のような凄さだったが、キョーコ達三人はそんなことをおくびにも出さずに3パターンの振り袖を華やかに着こなして美しさを競った。


 全て撮り終わってから、スポンサーのマネージメント係が京子に声をかけてきた。
「京子さんはまだ18歳でしたね?」
「はい、今年の誕生日に19歳になります」
「では、来年のCMも頼めるかな? 来年こそは京子さんの本番の成人式です。我が社も京子さんの成人式をバックアップして好みの振り袖を用意します。勿論、ギャラとは別にお祝いとしてです」
「え!? いいんでしょうか?」
 キョーコが驚いて声を上げた。
 今回は仕事で華やかな振り袖を着られたことだけでも嬉しかったのに、来年の自分の成人式の振り袖までも考えていなかった。いや、考えていなかったと言うよりも、自分の成人式を誰かが祝ってくれるなどと考えていなかったのだ。
 だから仕事のスポンサーの言葉とはいえ、キョーコにとっては節目の祝いを贈ってくれるということが嬉しかった。
「今回のCMは絶対成功します。だから来年もお願いしますが、お祝いは我が社としても二十歳になった卒業としてもさせてもらいたいのです」
「二十歳の…卒業……」
「成人式は元は元服。大人としてこれから頑張るようにという儀式です。子供から大人への卒業として、京子さんに貰っていただきたいのです」
 キョーコは少し考えたが、にっこりと微笑むと頷いた。
「ありがとうございます。喜んで頂かせていただきます」
 キョーコは真っ直ぐで綺麗なお辞儀で嬉しい申し出にお礼をした。


 そして無事収録が終わったことが蓮の携帯に伝言が残された。
 内容としては素敵な振り袖を着ることが出来た仕事で充実していたことと、来年も指名を受けたこと、そして宣伝もかねてだろうが成人式の振り袖を作ってもらえることになったと喜んでいる声だった。
 蓮も喜んで携帯に電話をかけた。
 12時を少し回るあたりならぎりぎりだと思ったが、長いコールになりそうなら直ぐに切るつもりだった。 

『はい、最上です』
 3コール目でキョーコが出た。
「遅くにごめんね。伝言を聞いていい仕事だったみたいだから、声を聞きたくてね」
『敦賀さんもお仕事お疲れじゃないですか。私みたいな後輩の伝言なんか、聞き流して下さい』
「でも君は嬉しくて報告してくれたんだろう? それも素敵なオマケ、来年の仕事と成人式の晴れ着を作ってもらえるなんて素敵な仕事だったね」
『…はい…。私なんかをお祝いしてくれる晴れ着の振り袖を……。ありがたいです。一生の宝物です』
 キョーコが胸にこみ上げるもので、声を震わせていた。
「CMもだけど、来年の君の成人式の振り袖姿は楽しみにしているよ」
『ありがとう…ございます』
「俺も君の成長を祝う一人だからね。”私なんか”じゃないよ。君だから、最上キョーコだから祝いたい人はいるよ」
『そうでしょうか?』
 蓮の言葉にいぶかしむキョーコは、どこまでも自分を低く見ることを止められないらしい。
「君の周りには君を大切に思う人が沢山いる。例えば君が住んでいる「だるまや」のお二人もそうじゃないか? 琴南さんやマリアちゃんとか、いっぱいいるよ」
『…その、振り袖なんですが、おかみさんに一緒に選んでもらいたいと思っているんです』
「それはいいね。おかみさんも喜ぶよ」
 蓮はキョーコを娘のように大切にしている、親代わりというよりも本当の親のような「だるまや」の二人を思った。
『敦賀さんもそう思ってもらえます?』
「うん、おかみさんなら最上さんのことを心の底から喜んで選んでくれるよ」
『だといいけど……』
「仕事も成功で、素敵なプレゼントだ。おかみさんと素敵な振り袖を選ぶといいよ」
『…はい』
「良かったね。大切な人と一緒に祝うことができる」
 蓮は最後にそう言って電話を切った。


            【つづく】

えーとここで折り返し地点でもありますので、
続きは今日中にアップしますので少しお待ち下さい。
(予定外な長さになって、昨日はギブアップしました(;^_^A)                        

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