ペタしてね



「すれ違う手」 後編 罠リク


 そして翌日の蓮はリテイクなしで仕事を乗り切ったのは9時の僅か数分過ぎ。
 「お疲れさま」の声も足早に掛け合いながら、楽屋に戻ってキョー
コに電話をかけた。
「最上さん? 今、仕事が終わったけど、これから迎えに行っていい
かな?」
『はい、大丈夫です。時間がありましたので食材も用意してあります

 蓮はキョーコの声がいつもより元気がないことを感じた。
「最上さん。何かあった?」
『いえ。何もないですよ?』
 そう答えたキョーコだったが、やはり蓮との距離がこれで離れてし
まうことを考えると、自然と声にも張りがなくなっていた。
「その割には元気がないように聞こえるよ?」
 蓮にはキョーコの声だけでも、何かあったのか感じ取れた。好きな
女の子のことなら、感じ取ろうとすれば周りにはわからないようにして見せている体調さえお見通しだ。
『そうですか? 今少し眠っていたのでそう感じられたのかもしれま
せんね』
「忙しくて疲れてるの? だったら今夜の食事も先に延ばそうか?」
『いえ、大丈夫です。今日の朝が早かったので、少し寝たら目も覚め
ました』
 キョーコがそこまで言えば蓮も嬉しいキョーコとの食事だ。
「じゃあそこまでなら、20分かからないと思う。地下の駐車場で2
0分後に」
『はい。お待ちしています』
 電話が切れるが蓮には何か違和感も感じた。
「じゃあ蓮。俺はこのまま事務所に寄って帰るからな。キョーコちゃ
んとの久しぶりの食事を楽しめよ」
 にんまりと嬉しそうに社が言って楽屋を出ていった。
「明日は遊ばれそうな気がするな…」
 蓮は呟くがそれよりもキョーコとの久しぶりの食事が楽しみだ。た
だキョーコの張りのない声が気になる。
 手際よく身支度を整え、蓮は何もないといいがと思いながら、キョ
ーコを迎えに行くために急いだ。


 TV局の駐車場でキョーコは柱の陰に隠れて待っていてくれた。蓮を待たせるよりは自分が待つこと選ぶキョーコらしい行動だ。
「お待たせ。乗って」
 蓮がキーロックを解除すると素早くキョーコは車に乗り込んだ。そ
して着ていたコートで自分の姿を隠してしまった。
「どうしたの、最上さん? いつもはそんな風に隠れないのに?」
「今夜はまだ10時前です。敦賀さんの車に、助手席に女性が乗って
いたら話題になってしまいます!」
「俺はいいよ。君とならね」
 蓮は本音を混ぜてそう答えた。
「何を言っているんです! そんな冗談は、私は受け付けません! 
世間が許しません!」
「そこまで言うかな…」
 キョーコは本気で怒り出しそうに言った。
「冗談じゃないよ。でも最上さんが受け付けないなら今はそれでもい
いよ」
 キョーコがそっとコートをずらして蓮を見れば、真顔で言葉にして
いたことがわかった。

 そんなこと…、そんなことあり得ないのに…。

 その後はキョーコがコートを被り続けたこともあって、蓮は無言の
ままマンションまでの道を車を走らせた。
 キョーコは蓮を怒らせたのではないかと時折蓮を見るが、無言なだ
けで怒った気配は感じられなかった。怨キョも姿を現していない。
 マンションの駐車場に着けば、いつものようにキョーコの重そうな
食材を蓮が持ってエレベーターの前。
「買い出し、大変だっただろ? 結構重い」
「いえ、それほどでは…」
 少しだけぎこちない会話をしながら蓮の部屋へと辿り着いた。

 蓮の部屋のキッチンは、キョーコにとっては勝手知ったる自分の城
だ。何処の戸棚に何があり、どの引き出しに何が仕舞ってあるかも知っている。

 普通、そういうのって、恋人の部屋のキッチンよね?
 そう考えると、やっぱり先輩後輩の関係だとしてもおかしいわよ。
 敦賀さんに恋人ができたら、その人の役目だもの…。

 自分が考えていることが、僅かな嫉妬を含んでいることに気づかず
に、キョーコは買ってきた食材を料理することに集中した。
 今日は余程の指名がない限り最後にするつもりのキョーコは、丁寧
に思いを込めて仕上げていった。
 そのせいでキョーコの料理がいつもよりも時間がかかっていること
が心配で、蓮がキッチンに顔を出した。
「最上さん? いつもよりも時間がかかる料理なの?」
 蓮はキョーコが倒れてでもいないか心配して声をかけた。
「はい、ご心配かけましたか? 今日は特別コースです。腕によりを
かけました」
 キョーコはにっこりと笑ってみせるが微かに蓮には影が見えた。蓮
にとっては数少ない、本当に大切な相手だからこそ微かな異変にも気づくのだ。
 だがキョーコがそのことに気付かせまいとする以上、無理に聞き出
すのはと考えた。
 そしてキョーコが運ぶのを手伝う蓮は、料理がいつもよりも豪華な
ことに気付いた。

『今日は特別コースです』

 そう言ったキョーコの言葉に多くの意味があると蓮もわかった。
 だが食事自体は近況を話しながらのいつものふりで和やかに進んで
いった。

「最近の敦賀さんはいつも女性に囲まれていますよね。今に始まった
ことではありませんけど…」
 キョーコは笑顔ではあるものの、その瞳に寂しさを映していること
が蓮には伝わった。
「雑誌インタビューの影響らしい。時期が過ぎれば少しは落ち着くけ
どね」
 蓮はいつものことだとキョーコを見つめた。
「でも、そんな中から敦賀さんの恋人になる人が現れるかもしれませ
んよね?」
「……どうしてそう思う?」
 蓮の言葉のトーンが少し低くなった。
「だって、みなさん敦賀さんの好みの女性としてのアピールが凄いじ
ゃないですか」
 キョーコは完全に目を伏せてしまった。
「と言うことは、会っていなかったけど君は俺の仕事場に足を運んで
くれていたんだね?」
「あっ!」
 言うつもりのなかったことを蓮に告げてしまったことになり、キョ
ーコはしまったと口に手を当てた。
「その…お弁当をお作りして持って行ったことがありましたが、お弁
当を持った女性が余りに多くて、私如き後輩の出る幕ではないと…」
「でも俺は、仕事で出されたお弁当でも完食したことはなくて、最上
さんのお弁当しか殆ど口にしていなかったんだよ」
「で、でも…雑誌のインタビューでは料理上手の女性が好みだと…」
「俺の口に合う料理上手は最上さんだけなんだけど?」
 蓮の答えにキョーコは驚いて声が出なかった。
「そ…それに、手先の器用な女性が好みと」
 キョーコの言葉を聞いて、蓮は小さく溜息を吐いて自分の特技とい
えることを忘れて訊ねてくるキョーコを見つめた。
「君は役に合わせてアクセサリーも作るだろ? それに一番驚いたの
は俺そっくりの手作りの人形。鞄に入るサイズでも驚いたけど、マリアちゃんに贈ったバースデープレゼントのリアルなビッグサイズの人形だよ。誰かに習った訳でもないのに回り中が驚愕して声も出ない。流石に俺も茫然として何もいえなかった」
「あ、あれは、マリアちゃんが敦賀さんのことを大好きで、だから…
だから……」
 自分が訊くことに、蓮はジリジリとキョーコを丸め込む答えを返し
てくる。
 キョーコはその意味を頭の隅では理解しながら、その一方で首を振
って否定した。
「あの、でも、和装の似合う着物美人が好みだって!」
 キョーコは蓮の言葉を振り解こうと必死に叫んだ。
 蓮の前で着物姿になったことは殆どない。まともに着物姿と言えた
のは、まだ二人の仲が険悪だった頃に1度だけだ。それも骨折一歩手前のケガをしていて、初めて本物のメイクをしてもらい、空っぽな自分を見つけて蓮の横に立てる役者になる志を持ったとき。
 あの後は社長のイベント好きで、雛祭りの3月3日に着物姿での来
客者の出迎えの時ぐらいしかない。
「覚えてるよ。『リンドウ』の時も、雛祭りの時の君も、背筋の伸び
た凛とした君の姿を覚えてる。着物は君の一部になり、立てばシャクヤク座れば牡丹、そして君の歩く姿は百合の花だ」
「な…何を言っているんですか、敦賀さんは!」
 キョーコは慌てて否定の言葉を出そうとして、蓮に誉められること
が自分を舞い上がらせて真っ赤になるのを感じていた。
「素直に言ってるだけだよ」
「素直にって」
「つまり、君の言った3つの事は君を指している。俺が理想としてい
るのは君だって事」
「そ…そんな訳が!」
「そんな訳があるんだ。君が気付かないようにしているとしても、俺
は君が好きだ。ここまで努力してきた君も、女性として成長してきた君も、好きだ」
 蓮の言葉にキョーコは混乱した。
 今日の料理を最後に、キョーコは蓮から一歩距離を置くつもりでい
たのだ。
 そう遠くない未来に、蓮の横に立つ女性が現れてもいいように。そ
うなっても寂しくなる自分がいないように…。

 ……寂しくなる…自分?

 キョーコは自分で覆い隠していた本当の気持ちのベールを脱いでし
まった。
「あ、あ、私…わたしは……」
 距離なんか置きたくない。いつまでの憧れの先輩でいて欲しい。違
う。先輩じゃなくて、いつも隣にいる人で居て欲しい。
「君の本当の気持ちを訊かせて?」
 囁くような優しい蓮の言葉に、キョーコの目から滴が落ちた。
「私…敦賀さんのことが、好きです。いつも傍にいて欲しい。遠くの
人になって欲しくない。誰か他の人を見つめる事なんて、あって欲しくない…」
「見つめるのは君だけだよ。キスしてもいい?」
 蓮の言葉に頬を染めてキョーコは頷いた。
 そっと交わされた初めての口づけに、キョーコは恥ずかしそうに蓮
の胸に顔を埋めた。
「君も他の男を見つめないで。俺はあのインタビューで君に手を伸ば
したつもりで、すれ違っていたんだね」
「…私なんかが、敦賀さんの相手になれると思っていませんでしたか
ら」
「でも今日は君と向き合えた。少しずつでいいからもっと同じ時間を
過ごそう。そしてお互いのことを知ろう。またすれ違わないように」
「私なんかでいいですか?」
「君がいい。君でなければダメ。君以外はいらないよ」

 やっと君と思いを交わして向き合えた。
 君を逃がさないからそのつもりでね。


      【FIN】


sei 様に捧げる、お待たせしましたリク罠です。
で、この話、実は一部「ここからこの辺りまで誰が書いたの? 記憶
無い!」という部分が混ざっております(゚o゚;)偶に寝る前とかの寝ぼけ頭で意味不明なのは前にもあったんですが、文章的にはちゃんとなっているので、我ながら怖い(^^ゞ (あ、2回もしてます(ーー;))この文章力が普段そのまま使えるといいのにと思ってしまったのですが、甘さの割にはやけに長いです。
(あと、途中の雛祭りの着物姿は私の書いた話から持ってきたエピソードです)