私は誰?  カイン×セツ  蓮×キョーコ


 セツカの姿でキョーコはホテルのベランダにいた。
 手に持つ小さな棒状のものを見て、何度見ても同じだと溜息を吐いた。
「どうしよう……」
 両手で顔を覆って、絶望感に襲われていた。


 このままでいられる訳はない。
 こんなことになるとは思わなかった。
 いえ、なるといけないからって、薬も飲んだ。
 でも、でも間に合わなかったの?
 飲み忘れた日があった?
 それとも……最初の2日間の時?
 あの時は、私はカインを守りたかった。カインの心が壊れそうに見えて、カインを受け入れただけ…。
 初めてで怖くても、カインを守りたい気持ちの方が勝った。
 それだけなのに、それでもこんなことになるの?
 神様はいつまでも私に意地悪なの?

 

 思い返しても変わる訳ない現実だが、手の中にある現実が、どうにかしなければいけないとセツは焦った。


 どうすればいい?
 あの人に迷惑をかける訳にはいかないの!


 夜になればまだ冷える季節に、空から雨粒が落ちてきた。
 セツは手をかざしてその雨を見上げた。
 大粒になって降ってきた雨に、セツは笑みを見せるとそのまま身体を曝してずぶ濡れになっていった。


 このまま雨に濡れて、風邪を引いてしまおう…。
 熱がでて、身体がおかしくなれば、薬を飲んでしまえば……。


 じっと長い間雨に曝されれば、セツの意識は朦朧としてきた。
 呼び鈴が鳴り、カインが帰ってきた。
 今日は仕事で別行動だった二人。
 セツは動こうにも体が重くて動けない。
 自分で思った通りに熱がでたらしいと感じた。
 カインもカードキーは持っている。
 だが出迎えてくれるセツがいればいいと、自分でキーを使うことはまれだった。
 だがいつまでも開かないドアに、カインが入ってきた。
「セツ? どうした? 寝ているのか?」
 真っ暗な部屋の中を見て、カインが明かりをつけた。
 出迎えないセツに、カインは不安になって入ってきたが、部屋の中に姿はない。バスルームやキッチン、最後に風を感じてベランダにでた。


「セツ! 雨に濡れて風邪を引くぞ!」
 驚いたカインがずぶ濡れのセツを抱き上げた。
 そしてその手から落ちたモノに、カインは目を見張った。
 セツを部屋の中に入れるとそれを拾い上げ、ベランダ近くのテーブルの上にそれの箱を見つけてコートのポケットに入れた。
 驚きを隠せないままセツの額に触るとかなりの熱を感じた。
 携帯を使ってでも救急車は呼べるが、ホテルを通した方が余計なことを言わなくてすむことや、伝言を頼めるようにとカウンターを呼び出した。
「すまないが連れが熱を出して倒れている。救急車を呼んでくれ」
『お連れ様ですか? わかりました。解熱剤等でよろしければ今すぐお届けにも伺いますが、病院の方がよろしいでしょうか?』
「薬はまずい。だから病院に連れていきたいんだ!」
 驚きと苛立ちでカインの言葉が荒くなる。
「…すまない」
 カインが冷静さを取り戻そうとして謝った。
『いえ、ご心配があれば落ち着かないものです』
「まず救急車を頼む。それとこの部屋を予約した人物に連絡を取ってくれ。病院に着いたら場所や分かったことだけでも連絡はするが、連絡を入れておいてほしいんだ。俺は救急車がくる前に、彼女が雨でずぶ濡れな服を着替えさせたい」
『それはお風邪ですか?』
「それも含めて病院に行くことが必要なんだ!」
『承知いたしました』
 触らぬ神に祟りなしと、カインの指示通りにホテルのスタッフ達は動き出した。
 カインはセツの服を脱がせてタオルや毛布で包み、その間に診察にも向く服がないかと探せば、ラブミー部のピンク繋ぎか、学校の制服しか見つからなかったのには、蓮は苦笑した。
 キョーコがセツとしての役目のためにこの共同生活が成り立っているのだと、蓮は今更のように感じた。


 俺も君が御守りでいてくれるから、俺はカインでの生活が、B・jとしての演技が引きずられないように、いつも俺の心を救ってくれる。
 撮影の初めの頃は、村雨や貴島君に惑わされたが、自分の闇にとらわれ、仕事にまで支障を及ぼしかけた。
 君を離せない。その思いが止めることができずにことに及んでしまった。
 キョーコの思いはどうなったのかと問えば、「私は御守りですから」と帰ってきた。
 その言葉は俺にとっても複雑だった。


 『御守りとしてカインの為に抱かれることも厭わない』
 『それなら敦賀蓮の相手にしたらどうなどかと思う』


 キョーコにとってその身を捧げても後悔をしない相手であったことは分かった。
 しかし、カインの御守りであっても、敦賀蓮としての俺のことはただの先輩なのかと思える返事だった。
 その気持ちがくすぶっていたせいか、次の日も君をむさぼった。
 初めの日も最初は驚きで抵抗した君も、途中から俺を、カインを包むよう受け入れてくれた。
 カインとしての俺が不安定になりすぎているのを君は感じていたからだろう。
 カインとしての俺は、セツに逃げた。セツが受け止めてくれるのをいいことに、久遠やアイツに負けたくなくて逃げ込んだ。
 セツの腕の中は優しくて、その優しさに甘えた!
 彼女の初めてさえ奪って、それでも抱きしめてくれる彼女に、俺は甘えすぎていた。
 俺は彼女を、最上キョーコを愛している。
 だが彼女を抱いた状況は、どう見てもカインがセツを貪っただけの身体の繋がりだ。
 ……俺は彼女に気持ちを伝えずに奪ってしまった…。


 カインとしての蓮は後悔で頭をいっぱいにしながら、セツの着替えをすませた。
 最低限にいるモノをかき集め、コートのポケットのモノを確認すると、セツを抱き抱えてフロントまで降りた。
「あ、お客様! 只今救急車が到着しました」
「では、このまま行く。伝言の方は?」
「致しました」
「病院に着いたら向こうから連絡も入るかもしれん。そのときは頼む」
「わかりました。大事がないとよろしいですが…」
「………」
 カインは視線を反らせて厳しい顔になると、心配の声には答えずに、正面玄関から表に出ると救急隊員に向かって言った。
「彼女が病人だ。雨に打たれて高熱だ。それに…」
 言いながらカインは歯ぎしりで己の愚かさを悔やんだ。悔やんでも悔やみきれないこと、彼女に背負わせた。
「熱は何度ですか?」
「体温計では測っていないが普通の熱じゃない」
「その状態で我々を呼んだんですか? 救急車はタクシーじゃないですよ? ちゃんと熱も計って、解熱剤を飲むことも考えて」
「……これを、彼女が持っていた。だから薬は飲めない」
 コートのポケットからカインが出したのは、キョーコが手に持っていた棒状のモノだった。そして入っていただろう箱も一緒に差し出した。
「これは…一般の検査器ですね。この少女のモノですか?」
 一目で何か分かると、カインに説明を求めた。
「そうとしか思えない。部屋に帰ったら、彼女がこれを持って雨に濡れて熱を出していた……」
「分かりました。病院に行きましょう。それまでに血圧、体温、心音、処置できることをしてください。貴方には色々質問させていただきます」
「すまないが、答えられることは限られてくると思う」
「どういうことですか? 自分の保身の為ですか?」
 低い声で頭を抱えるように言うカインに、救急隊員は不機嫌そうに聞いた。こういった時に、負担の大きな女性に押しつけて逃げる男は多い。
「俺のことはいい。しかし、そこから彼女のことまで巻き込んでしまう! だから、彼女の身元保守人になる人物にも連絡を取る。医者や言わなければならない人物には言う。だからここでは最低限のことですませてくれないか?」
「身元保証人ということは、彼女は未成年ですね」
「ああ、17歳だ」
「あなたは?」
「22歳」
「こうなる前に、それなりのことはしなかったのか?」
「彼女がピルを飲んでくれていた。俺はそれに安心していた」
「男としてはお粗末な行動だな」
 カインの様子がかなりの落ち込みを見せているが、まだまだ若い行動だと叱りつけるように言った。
 その間にもセツの容態を他の隊員が計っていった。
「熱に伴う血圧などの変動以外はあまり見られないが、それだけじゃない身体だ。大切に看病しろ。逃げずに付き添ったということは、それだけ彼女は大切なのだろう?」


 逃げる?
 俺が彼女から逃げるなど、どんなことがあってもありえない。
「大切だから、大切なのに、俺は……」
 車が止まる動きに、カインは後ろのドアが開く音を聞いた。
 そして飛び降りると見渡した中で権限を持っていそうな医師に駆け寄った。
「我が儘を承知で頼む。一番目立たない部屋で処置を頼む。もちろん個室で、出入りが限られた部屋にしてくれ!」
「いきなり何を言っている?」
「頼む! 彼女のこれからの為なんだ!」
 いきなりに土下座までして頼むカインに、周りの看護師までぎょっとした。
 カインほどの風貌や体格なら暴れてもおかしくないところを、頭を下げる姿に真剣さが感じられた。
「病人の容態は治療室でなくともできる範囲です。治療の先生になら詳しく話すと言って、血圧等のカルテ以外は殆ど白紙です。後、患者の身元保証人には連絡を取るそうです」
「君と彼女は訳ありなのか? 彼女も外さなかったがウィッグをしている」
「彼女をとって話をしたいが、それを彼女は望まない。連絡を取る人物に間に入ってもらうことで彼女を守る場所を作り、医師の診察ははっきりと自分の耳で聞いて受け止める覚悟はある」
 蓮はそう言いきるが、男の身勝手にも聞こえた。
「違う…違うの。私が、私のせいなの……。雨で、流れてしまえばいいと思ったの……。彼のせいじゃない。私が、私が……」
 高熱でうなされながらも、セツは自分のせいだと訴える声がした。
「君のせいじゃない! 俺の為に、全てを君が背負うことじゃない!」
 カインは叫びながら、この騒ぎでまだ車から搬送されないでいたセツの手を握り、かけ忘れていた言葉を口にした。
「君が大切で、愛しているから、君が無事であるなら俺はどうでもいい! だがそれをしたら君は自分を責めるだろ? 自分を責めて、俺を守れなかったと。でも俺は君を逃がすつもりはない。やっと君と向き合えたチャンスに、それに…それに……」
 カインとして口にすることはしていいのか、セツのお腹にそっと触れた。
 セツはその感触に、カインが全てを知っていると伝わりビクッとした。
「イヤ、イヤ、違うの、違う! 違う!」
 高熱で呼吸も苦しいところを、セツは大きな声を出したが為に、息苦しそうになって咳き込んだ。
 その様子に落ち着いた看護師が声を出して仕切りだした。
「付き添いの貴方、患者さんが興奮するから離れて! 部屋は個室が一部屋、空いていたわね! そこに運んで!」
「看護長! これを彼女が持っていたと」
「これ…。今の彼女の叫び声の意味が分かったわ。それも対処します」
「お願いします」
 カインは深々と看護師達に頭を下げた。
 今の自分には祈ることしかできない。
 全てを目の前の看護師達に託すことしかできないことがもどかしかった。
 そして携帯を出して社長に電話を入れた。
 パタンと閉じた携帯の電源を落としてポケットに入れると、カインは夜の救急の入り口に向かってセツの運ばれた部屋を目指した。

 

 キョーコは熱にうなされながら、この状態になった初めを夢のような走馬燈で見ていた。
 カインの中のB・Jが、演じている時以外も顔を出し始めて戸惑いだした。
 御守りとして付き添っていながらも、目の奥に闇を潜めるカインを、セツとしてどう救えるか、御守りでいられるか、妹として甘えながら迷っていた。
 そしてシーンとしては、カインにとって苦しい殺人を犯すシーンを連続で撮影された。
 映像的には陰や後ろ姿だが、B・Jの口角があがり不気味さを増した。
 監督は絶賛したが、ストップがかかった後も役の抜けないカインに、そのまま休憩をして帰っていいと言った。
 セツとしては、その目が…カラーコンタクトで輝く不思議な色というだけでなく、心のないB・Jそのもののようにも見えた。そして、それは目は開いても何も映していないカーアクションの時の蓮にも近く見えた。
 ……不安定すぎる。
 セツはその様子に、人の目を気にして早めにホテルに帰った。
 そして夕食をと思ったが、撮影所から一言も口をきかないカインに、無理に食べさせるのは逆効果な気がして、スープとサラダの軽いモノを用意した。それを目にしたカインは思ったよりも口に運び、セツはほっとした。
 食事をする意志があるのは元気がある証拠だ。闇だけをたたえているようで気力はあるととっていい。
「兄さん。バスルーム先に使って。今日は撮影シーンが多かったから、汗を流して」
 答えはなかったがカインはバスルームに消えた。
 セツは今日の撮影が疲れたのだと、一晩眠れば大丈夫だと思った。
 そして入れ違いにセツがバスルームに入った。
 いつものようにカインの服をクリーニングと洗えるものに仕訳してからゆっくりとお湯に浸かった。
 いつもなら出てくると、繭玉のようになって寝ているカインが、ベッドに腰掛けていた。
「兄さんまだ寝ないの?」
「…………」
 ボソリと呟いたカインの声が、セツにはよく聞こえなかった。
「なんていったの? よく聞こえなかった」
「セツが欲しい」
 聞こえた声の、今度は意味が分からなかった。
 セツ? セツって私? 私が欲しい?
 混乱しながらカインに訊ねた。
「冗談は寝てからにしてくれない、兄さん」
 そう返せば、いつものカインなら「冗談だ」と声が返ってくるはずだった。
「セツ…、お前が欲しい。お前は俺の御守りだ。暴走する前に、お前の身体で止めてみろ!」
 カインの中の何かが壊れているのはセツにも分かった。
 だが、暴走を止めるために、おのが身を差し出せと言われることは考えてもみなかった。
 そしてあっという間にカインの腕に浚われて、ベッドに縫い止められてしまった。
 彼の力の強いことは知っている。大きな体なのに俊敏で、その笑みの中には妖しいまでの彼が潜んでいることも知っている。
「逃げないか? セツ」
 妖しい彼がニヤリと笑いながら近づいてきた。
 動けなかった……。
 妖しい中に、寂しい瞳の影が見えて、逃げ道を塞がれた。
 だが彼が本気でいることもわかっているから、少しだけベッドの上に逃げようとした。
 でもそれは獲物をとらえた彼にはかわいい抵抗だった。
 私は両手を取られて唇を重ねてきた。
 でもそのキスは心のないものに感じた。
 彼であって彼でない。敦賀蓮その人でないキスを、私は欲しいと思わなかった。
 敦賀さんのキスならば、私は抵抗するまでもなく受け入れたと思う。演技でも、敦賀さんの心がそこにあるなら、片思いの心が切なくても、敦賀さんが好きだから……。
 そんな気持ちが涙になってこぼれた。
 彼は私の着ていたパジャマを楽々と脱がせて下着すらはぎ取ってしまった。
 羞恥で隠そうとした手は片手で縫い止められ、横を向く以外に何もできない。
「兄さん、やめて!」
「兄さんじゃない! カインだ! ただのカインだ!」
 何故か兄であることを否定したカインに、私は彼を見た。
 カイン・ヒールでも、敦賀さんでもない。でもさっきみたいに、B・Jとも違う彼は誰?
「俺を…暖めてくれないか? 君が欲しい。セツが欲しい。お前だけが欲しい!」


 そういって、私は彼のモノになった。
 最初は悲しいほどの抵抗をしたけど、彼の瞳に移る光が寂しそうで、壊れそうで、……私は抵抗を止めて彼にすがりついた。
 次の日は動かない体で私は御守りを放棄した。
 帰ってきた彼は、また辛い表情をしていた。
 今日も心を殺して仕事をしたんだ。
 そっと抱きしめると、彼は私を求めた。


「セツ……セツ……。光をくれ…。俺にも光を…」
 昨日よりは優しく、でもすがりつくように求められて抱かれた。

 

 私は誰?
 私は彼の中の誰に愛されたの?
 カインに愛されたセツ?
 最上キョーコではないセツのまま?
 貴方は敦賀蓮ではなかった?

 

 そう考えると私はわからなくなる。

 

 それならこの子は、誰の子?
 私みたいに、誰にも愛されない子になるの?

 

 真っ暗な闇の中で、赤ちゃんの泣く声がした。
 私は、私は誰を愛したの?
 赤ちゃんは、私を愛してくれる?
 私は赤ちゃんを愛せるの?
 私の母のように、知らないふりをするの?
 赤ちゃんのパパは誰?
 誰に愛されてあなたは宿ったの?

 

「あなたに愛されて宿ったんですよ。赤ちゃんは」
 どうやら私は最後の言葉を声にしていたらしい。
 看護師が優しく言葉を書けてきた。
 かけられた声に意識が戻った私は、その言葉が意味するところを知った。
「この子、頑張っちゃったんだ…。生まれたいの?」
 生まれて来ちゃいけないと思ったのに、産まれてこようとする子に嬉し涙がでた。
「これ以上負担をかけないであげてくださいね」
「でも……でも、この子は…」
「俺の子供、産んでくれないか?」
「あ……」
 意識の戻った私に、待っていた彼が部屋に入ってきた。
 とっさに名前も呼べずに、セツとしての言葉を探した。
「君には負担をかけることになる。順番も逆になるけど、君に求めた気持ちは本当で、君を愛しているから君の光を求めた」
「それは、誰? 私を求めたのは誰!?」
 セツが、キョーコが一番知りたかった言葉を、名前を求めた。
 カインとしての姿のまま入ってきた蓮と入れ違いに、看護師達は部屋から姿を消した。
 外で社長が頼んだらしい。
「カインの姿をしながら、求めたのは敦賀蓮だ。最上キョーコを、その中の光を求めて心ごと身体も求めた。そんなつもりはなかったのに、俺の中でアイツが暴走した。いつでも君を求めてた。君が好きで、他の奴には取られたくなくって、君を俺だけのモノにしたい気持ちを、俺の中の悪魔が利用した。君を純粋に求めた気持ちを汚して、君を汚した。その後は君の暖かさに流された。心地よくて手放せなくなった。それなのに俺は、君に言うべき言葉を、一番に伝えるべき言葉を疎かにした。君を、愛しているから、君という御守りを俺だけのモノにしたかった。でもそれは力ではなく、君が受け入れてくれる、君の心ごとでなければ意味はないのに…」
 蓮は涙を流しながらキョーコに懺悔した。
 許されると思っての言葉ではなく、キョーコを愛していることが伝わればよかった。
「私が…もしこの子を生むと言ったら、認知してくれますか?」
「勿論だ。それに、君が許してくれるなら、結婚してくれないか?」
「貴方と?」
「君が望まないなら仕方がないけど。それと、出産についてのことは、君の望むように手配もする」
「手配って、どんな?」
 キョーコは無機質な答え方をした。
「子供が産まれて落ち着くまでの場所、口の堅い病院、君がまた芸能界でやっていくならその間は休むこと。それと、君が子供を育てることが無理なら、俺が、俺の親にも助けを呼んで育てる。君にはまだ芸能界で活躍するモノがある」
「私の子供を取り上げるの!?」
 キョーコの言葉はキツかった。
「いや、違う。君はまだ十代だ。俺のせいで君のこれからを潰したら」
「潰れない! 今の貴方は、私に謝罪することばかりしてる。私と目を合わせて相談する気はないの? 私を愛していると言った言葉は本当なの?」
「本気だ。だから…」
「それならもう一度答えて! 貴方は私を、誰を愛して私は身ごもったの?」
「敦賀蓮が、最上キョーコを愛して君の中に子供を宿した。俺が君を、欲しいと思った。愛したから、今君の傍にいる」
 蓮が真っ直ぐに言うと、キョーコはやっと表情が軟らかくなった。
「私も、最上キョーコは敦賀蓮を愛してるからこの子を身ごもったの。神様のイタズラだけど、順番を間違えたのね」
 キョーコの硬かった表情が優しくなった。
「それは…」
「もしよかったら、結婚していただけますか?」
「勿論だよ! 君と、ベビーと、必ず幸せにする! 俺からももう一度言わせて。キョーコ、結婚してくれますか?」
「喜んでお受けします。でも…いいの?」
「なにが? 俺はキョーコとベビーもいて幸せなんだけど」
「敦賀蓮に、恋人どころか妻と子供というのは、週刊誌から芸能界まで大騒ぎにならない?」
「勝手に騒いでくれればいいよ。キョーコ達が俺の元に来てくれるなら、それで十分。暫くは周りがうるさいけどね。その間は、君さえよければ俺の両親の所にでも行ってみる? 少し隠れ家に身を寄せるようなものだけど」
 若手俳優のトップをいく男が、交際とすっ飛ばして妻と子供までいるとは、騒動は収まるのはいつのことか…。
「でも、それよりも君のことが心配だ。君の身体で出産は耐えられるか。華奢だし、十代の出産は、身体に負担だと訊いた。それに芸能人生命だってかかってる。キョーコを好きだけど、芸能人としての「京子」が花開く姿も見たい」
「それは復帰したいと思えば無理じゃないと思いたいけど…」
「それと一つ、俺の国籍が日本じゃないんだ」
「えっ?」
 思わぬ言葉にキョーコは驚いた。
「アメリカ。日本とは結婚に関しても、契約とか法律の違いがある。君が18歳にならないと、正式な結婚は難しいんだ」
「どうして?」
「17歳の君とだと、未成年と見なされて刑罰に触れる恐れがある」
「愛し合っていても?」
「アメリカの刑罰は細かいからね。州によっても違うこともある。日本だと親の承諾ですむ範囲でも、また違うんだ。日本での結婚は発表する。君を迎え入れる用意はするけど、正式な、戸籍としての結婚は今年の君の誕生日になってしまう。ゴメンね」
「面倒なのね。貴方の国の法律は」
「でも君は、今から俺の妻だから。君の中の子供も俺の子供だから。だから身体を労って、俺の家族として、俺のところに来て。愛してる。君と、君が産んでくれる俺の子供と、一緒に幸せを作ろう?」
 蓮はキョーコの手を包み込んで、その手にキスを、そして唇にもキスをして微笑んだ。
「ホントに、私でいいの?」
「俺はキョーコを愛してる。君が必要で、君がいないと寂しくてたまらない。俺は君に再び逢う為に日本に来た。君という宝物を手に入れる為に…」
「再びって、昔にも会ってるの?」
「「キョーコちゃん」と呼んだ昔、君は髪をツインテールに縛って、優しい笑顔で癒してくれた。俺は「コーン」と呼ばれたよ」
 驚きと喜びキョーコは声がでない。でもその思いは涙になって溢れ出た。
「驚かしてゴメン。それと、あの時が本当の姿なんだ。今の俺は、日本人として動けるように髪を染めている。目もカラーコンタクト。日本人の血はクオーターだ。母の遺伝が多く出たらしい」
「コーンなの? もう驚きっぱなしで、どうすればいいの?」
 嬉しくても驚きの連続に、キョーコは気持ちが落ち着かなかった。
「今はとにかく身体を労って。そして俺と一緒にこれからの人生を生きてくれますか、奥さん?」
「私は、貴方の奥さんなの? 貴方の妻? 敦賀蓮は私の夫?」
 キョーコは本当のことなのに、現実味のない言葉を舌に乗せて言ってみた。
 蓮は大きく頷いて、キョーコに口づけてベッドの上のキョーコをそっと抱きしめた。
「キョーコを愛してるから、キョーコと共にいる俺の子供も愛してるから、俺とこれからの人生を歩いて。誰よりも愛してるから」


 私は、私を愛してくれる人の子供を少しだけ早くに授かった。
 あなたはその証なの?
 あなたは頑張って私の元に来てくれたの?
 それなら私はあなたをこの世に生み出す努力をするわ。
 あなたを待つママと、パパと、二人であなたを守るから、無事に生まれてきてくれる?


 あなたは私に驚きをいっぱいくれた。
 でも喜びや、本当の愛も教えてくれた。


 あなたのパパは少しだけせっかちだったからあなたを早くに授かったけど、でも私は本当の愛から逃げていたから、あなたが気付かせてくれたの?
 だったらあなたは愛の天使がくれた子供ね。
 私にはもう愛という存在を否定して生きることを決めていた。でもあなたのパパに恋をしていた。パパもママに恋をしていたけど、心が幸せになることを拒んでいた。
 お互いに恋していたのに、あなたを授かったことでやっと素直になれた。


「待ってるから…。私と敦賀さんの赤ちゃん」
「キョーコ。夫婦になるなら下の名前で呼んでくれない?」
「…蓮さん」
「蓮でいい」
「それは、年上の人を呼び捨てなんて!」
「夫婦なら平等だよ」
「……蓮…」
 仕方なくキョーコは呟くと蓮が優しい笑顔で微笑む姿に、これが現実だと初めて感じた。

 

「君は最上キョーコで俺は敦賀蓮。日本での名前だけど真実君を愛している男の名前だ。キョーコを愛する、敦賀蓮という、目の前の男」
「私は最上キョーコとして、敦賀蓮に愛されているの? 本当?」
「俺には君しかいない。最上キョーコを愛してる」


 そっと抱きしめると、触れるだけのキスをキョーコに贈った。


「君を愛してる。君が俺を守ろうとしてくれたように、俺にも君を守らせて…」


 キョーコは幸せそうに微笑んで、そっとおなかを撫でた。


 今あなたのママとパパは愛を確かめあったわ。
 あなたのことを愛して迎えていいって、神様が言ってくれた気がする。
 この腕の中に来てくれる?
 まだ未熟な私だけど、パパも優しいから待ってるわ。


「いらっしゃ。待ってるわ、赤ちゃん」

 

      【FIN】


精神的には限定かとも思ったんですが、ないような気もするし…。
色々「こんなのあり?」とよく分からない妄想の作です。

ペタしてね